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2010年09月 三陸方面 2日目 - 仙石線、気仙沼線、大船渡線

 三陸旅行の2日目は、作並を出て松島を散歩してから気仙沼線と大船渡線に乗車しました。このブログ公開時点(2026年)の仙石線はE131系への置き換えが終わっていますが、当時は205系で運転されていていました。また、気仙沼線はこの旅行の半年後の東日本大震災で長期不通を経て大半がBRT化されています。


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平成22年(2010年)9月18日(土)

 6時半過ぎに起きて、7時頃から大浴場と岩風呂へ。8時半近くに朝食。1Fの食堂でのバイキング。売店を少し眺める。仙台以外の菓子もある。前回(2008年4月)来訪時に流していたSPLASHのCDは置いていないようだ。

 部屋に戻り、荷物をまとめ、9時半過ぎにチェックアウト。前回より1時間遅く入り、1時間早く出る形で、またゆっくり来たいものだ。


◎鷹泉閣岩松旅館 9:50→9:56 作並駅 宮城230す1515

 送迎のマイクロバスで駅へ。岩松旅館に並ぶ大きな旅館である一の坊のマイクロバスも同様に到着している。

 列車までの時間、駅構内をうろつく。駅は委託窓口が有り、乗車券と自由席特急券を販売。ジパング倶楽部対応との表示。 



◎作並 10:15→10:46 仙台 仙台行 快速3834M 719系6両編成4両目=クモハ719-22

 上下線の列車が近づくと、岩松旅館の人が旗を持って下りホームの仙台方に立ち、仙台行が発車すると手を振って見送りをしていた。車内はだんだんと混んできた。仙台で下車してから、目薬を買うため薬局を探しながらあおば通駅まで移動。あおば通駅構内近くのだるま薬局で購入して地下駅へ。 

◎あおば通 11:20→12:00 松島海岸 石巻行1123S 205系4両編成3両目=モハ204-3117

 1駅目の仙台で多数乗車。その後もしばらく混雑する。陸前原ノ町を発車すると地上に出る。 東塩釜あたりからようやく空席が目立ち始めた。

 駅前の先にある公園には芝生が敷かれ、修学旅行らしい高校生も含めて数グループがくつろいでいる。



 遊覧船の発着場が幾つかある。雄島を回ってから、公園に戻り、松島駅方に少し歩き、瑞巌寺の前まで行くが、距離がありそうなので、松島海岸駅まで戻り、ここからタクシー移動することにした。


◎松島海岸駅 12:50頃→12:56 松島駅 松島公園タクシー 仙台500あ6593

 瑞巌寺近くでは渋滞していたが、その後は流れるようになり、余裕をもって到着した。松島駅にもタクシー乗場があり、乗って来た運転手が客待ちしている同僚運転手から、今日は電車のお客が全く乗らず1時間半待ちと嘆いていた。初乗650円で830円区間だった。

◎松島 13:09→13:30 小牛田 小牛田行1549M  701系4両編成先頭=クモハ701-1510

 混雑していたので先頭部分に立つ。前方を見ていると、この区間は緩いカーブが多く、85~90km/h程度の制限標識が頻繁に現れる。幹線らしく、貨物が頻繁にすれ違う。

◎小牛田 13:40→15:47 気仙沼 気仙沼行2943D キハ48系2両編成ワンマン先頭=キハ48 1535

 しばらくは穀倉地帯で、前谷地から気仙沼線に入っても、しばらくは変わりない。コンバインを使って稲刈りをする光景も見られた。やがてトンネルを幾つか抜けて、志津川付近で一時的に海岸線に出た。この付近は気仙沼線の中でも開通時期が最も新しい区間(昭和52年全通)で、トンネルが多い。

 小牛田発車時には各ボックスに乗客があったが、少しずつ減り、空きボックスも見られるようになった。土曜日だが、本吉で高校生の乗車があった。とは言え人数はたいしたことなく、引き続き空いている。小金沢では右手の木々の間から海岸が見下ろせる。大谷海岸まで、短い間、海岸風景を眺めることができた。大谷海岸は、珍しく三陸の風景には珍しく、白い砂浜がまとまっている。

 陸前階上と南気仙沼で高校生が若干入れ替わる。南気仙沼は気仙沼市の中心に近く、町の風景になってきた。その後、気仙沼市の外周部を迂回するように進みながら、気仙沼に着く。

 ひっそりとした気仙沼駅は2面3線と、若干の側線がある。2943Dと入れ違いに、気仙沼線経由仙台行の快速南三陸が発車して行った。側線にはリゾート列車「こがね」号が止まっている。

◎気仙沼 16:00→17:17 一ノ関 一ノ関行338D キハ100系2両編成先頭=キハ100-3

 車内は各ボックスに1人程度と、散らばって乗客がある。気仙沼を発車して程なく気仙沼線と分かれて、森の中に分け入って行く。早速、県境の20パーミルの勾配に挑むが、キハ100は先程までのキハ48と比べてエンジン音と実際のパワー共に力強く、速度を落とす風もなく登って行く。

 通路を挟んで隣のボックスには、携帯型ゲームに興じている男性がいる。ゲーム機を使用するのは自由だが、周囲に構わず音を出しているのは興ざめだ。しかし、この男性は途中で下車し、車内は平穏になった。

 千厩から10人程度の乗車があるが、車内はまだ余裕がある。千厩を発車すると右に急カーブで。ここから有名な「なべつる線」に入る。建設時に政権交代の都度、新しい与党の地盤に向けて線路の方向が変わった名残。

 山間の狭い谷間に田がこしらえられている。刈り取られた稲が干され、野焼きの煙が立つ。摺沢で上下列車の交換。2階建の大きな駅舎。摺沢に限らず、交換駅手前では場内注意信号が現示され、それを確認した運転士は警笛を2回鳴らしている。

 猊鼻渓駅手前で猊鼻渓に通じる川を渡る。観光用の川下り舟が見えるが、猊鼻渓の渓谷そのものは車窓から見えない。猊鼻渓からまとまった乗客がある。

 陸中門崎を過ぎると「なべつる」線も終わり、一ノ関に近づく。最後の1駅区間も山に囲まれ、山間の田には干された稲が並ぶ、農村の原風景のような景色が続く。市街地らしい風景になってきたのは、一ノ関駅構内の遠方信号を過ぎ、新幹線の線路をアンダークロスした辺りからだ。


 本日泊まる気仙沼の駅周辺には飲食店等は無いという情報があり、先程通った時もそのような雰囲気だったので、一ノ関で予め駅弁を買っておくことにし、「三陸あわびうに飯」を購入。海沿いの町へ行くのに内陸の駅で海の幸の弁当を買って行くのは変な話だが。

 駅の発車案内で、大船渡線の盛行については行先を平仮名で「さかり」と表示している。列車の行先表示も同様。盛岡と見分けやすくするためだろうか。


◎一ノ関 17:40→19:02 気仙沼 盛行339D キハ100系3両編成最後=キハ100-43

 先程の2両編成は一旦引き上げ、別途3両編成が入線している。車内は各ボックスに乗客がある。ロングシート部分は帰宅する高校生が多い。

 この列車は車掌が乗務し、車内放送も肉声。主な駅の到着時刻は、12時間制での案内。昼頃、別の線に乗っていた時も12時間制での案内を聞いた。列車は3両で運転されているが、後ろ1両は気仙沼で切り離しとのこと。気仙沼で下車するので問題ない。

 一ノ関を出たころには日が暮れかかっていたが、次第に暗くなった。18時頃には、山の稜線は見えるが、麓は僅かに街灯の明かりが点在するのみ。千厩を過ぎて県境に近づくと、車内の人影はまばらになった。気仙沼に近づくと、車掌がやってきて、行先を聞かれた。この車両が気仙沼で切り離されるためのようだ。


 気仙沼で切り離し風景を眺めてから改札を出る。改札は有人のみ。駅前にホテルが見える。ホテルの周りにはコンビニも無いと聞いていたが、駅舎内にあった。ただし、営業時間は20時まで。気仙沼の食材を利用した駅弁も扱っていて、予約もできるとの案内が出ている。

 駅正面にあるホテルパールシティ気仙沼にチェックイン。支払いは翌朝とのこと。416号室に入る。2階に和食レストランが22時まで営業していると、エレベーターに掲示。室内にはデジタル放送対応のTVがある。地上・BSデジタルの他、ホテル放送としてBBCニュースが見られる。これを観ながら一ノ関の駅弁を食べる。しばらく休憩して、2125頃に2Fのレストランを覗いたら「準備中」の表示が見えた。ラストオーダーを過ぎているようだ。眼も充血しているので、早めに寝ることにする。23時前に消灯。

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