石巻市での勤務を終えて、復路は仙台から東北新幹線「はやぶさ」を利用しました。E5系は2011年3月5日から「はやぶさ」として営業運転を開始。同月11日の東日本大震災で大きな被害を受け、4月29日に全線での運転を再開しましたが、橋脚や路盤の補強工事が途上で、速度規制区間があることから、徐行を見込んだ暫定ダイヤとなっていて、特急料金も「はやて」などと同額になっていました。
2011年06月 石巻 その3 仙石線 陸前大塚から石巻までの被災状況
石巻出張中、月曜日から土曜日までは勤務でしたが、日曜日は休日だったので、この機会に周辺地域も見ておくことにしました。2011年6月当時、仙石線は高城町・石巻間が不通。代行バスと徒歩移動で東名駅や野蒜駅など仙石線沿線を回りました。
2011年06月 石巻 その2 石巻港貨物駅と沿岸
東日本大震災被災地業務応援で宮城県石巻市に出張。勤務時間終了後にJR貨物の石巻港駅や南浜の方に寄りました。石巻市役所周辺でも地震による家屋損傷や液状化現象が見られましたが、海側に出ると津波の被害がほとんど手つかずで残っていました。
2011年06月 石巻 その1 往路 暫定ダイヤ「はやて」、代用閉塞の石巻線
2011年6月に、東日本大震災被災自治体の業務応援のため、宮城県石巻市に2週間出張しました。震災から3か月の当時、東北新幹線は全線運転再開していましたが、橋脚や路盤の補強工事中で徐行区間が多く、通常よりも1時間ほど長くかかる暫定ダイヤでした。石巻への鉄路は震災以後不通で代行バスによる連絡が続いていましたが、出張の直前に石巻線が石巻まで復旧したので、東北新幹線で古川まで行って陸羽東線と石巻線で石巻に入りました。
2010年12月 青森 中編 - 津軽線三厩往復
東北新幹線新青森開業初日に新青森まで乗車した後、帰路は寝台特急「あけぼの」を予約していたため、その間に津軽線を三厩まで往復乗車しました。その後、津軽線の蟹田・三厩間は令和4年(2022年)の豪雨災害により長期運休となったままで、残念ながら令和9年(2027年)4月1日付けの廃止が決まっています。
2010年09月 三陸方面 3日目‐大船渡線、三陸鉄道、山田線、八戸線、十和田観光鉄道
東日本大震災の半年前に三陸方面を旅しました。3日目のこの日は、気仙沼から三陸沿いの鉄路を八戸まで北上して、十和田観光電鉄に寄ってから青森まで行きました。途中、吉里吉里で車両点検による停車、その影響による交換駅変更と接続待ちのため、陸中山田と久慈で夏祭りに出会うことができました。
2010年09月 三陸方面 2日目 - 仙石線、気仙沼線、大船渡線
三陸旅行の2日目は、作並を出て松島を散歩してから気仙沼線と大船渡線に乗車しました。このブログ公開時点(2026年)の仙石線はE131系への置き換えが終わっていますが、当時は205系で運転されていていました。また、気仙沼線はこの旅行の半年後の東日本大震災で長期不通を経て大半がBRT化されています。
2010年09月 三陸方面 1日目−仙石線、石巻線、利府支線など
東日本大震災の半年前に三陸方面を旅行したときの記録です。初日は新幹線仙台乗換で仙石線、石巻線で女川へ。その後、利府支線に寄ってから作並温泉に泊まりました。被災前の女川駅には、キハ40が1両きれいに保存されていました。
2010-2023 石巻・女川 震災前-被災後-復興過程
東日本大震災から15年余りが経過しました。乗り鉄旅や仕事で東北には何度か出掛けていて、宮城県石巻や女川には震災を挟んで複数回訪問しています。このときの旅日誌は後日改めて公開していく予定ですが、このエリアの変遷をまとめて先行配信します。
2011年06月 震災3か月後の石巻・女川
平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本大震災から、15年余りが経過しました。当時、被災自治体では災害対応の職員が足りないため、全国から応援職員が派遣されました。筆者も、平成23年6月に宮城県石巻市で短期間勤務し、その合間の休日に仙石線・石巻線沿線の被災状況を確認しました。
2008年08月 東北 4日目 - 東北新幹線「はやて」で帰路
松川温泉からの帰路。大更駅までバス移動し、JR花輪線列車(IGRいわて銀河鉄道乗り入れ)から東北新幹線「はやて」に大宮まで乗車して、湘南新宿ラインに乗り継いで帰宅しました。
2008年08月 東北 2日目 - 秋田内陸縦貫鉄道、北上線乗り継ぎで鉛温泉へ
寝台特急「あけぼの」で鷹ノ巣に着いて、秋田内陸縦貫鉄道に乗り継ぎ、阿仁マタギで途中下車してマタギの湯とマタギ資料館に立ち寄りました。なお、当時の秋田内陸縦貫鉄道の急行「もりよし」は、急行専用車両のAN-8900形で運行されていました。