交通博物館閉館間近の平成18年(2006年)4月に、万世橋駅遺構の一般公開がありました。
2006年03月 東海道線113系と寝台特急「出雲」
平成18年(2006年)3月18日のダイヤ改正で東海道線東京口から113系が引退しました。また、サンライズと並行して客車で運行されていた寝台特急「出雲」も廃止となりました。その直前、大船駅で113系と寝台特急「出雲」を捉えました。
2006年2月 除雪列車を追って新潟へ 4日目 - 未明のラッセル通過、只見線・上越線モーターカー、ガーラ湯沢、岩原スキー場前
只見線を未明に通過するラッセル車の光跡を入広瀬の宿の部屋から撮影。チェックアウト後に入広瀬付近で除雪モーターカーの稼働光景を撮影、上越線でも除雪風景をとりながら移動し、ガーラ湯沢からは在来線を俯瞰撮影。岩原スキー場前付近で宿泊しました。
2006年2月 除雪列車を追って新潟へ 3日目 - 只見線代行タクシー、上越線モーターカー
2日目へ
7時を過ぎてから起床。朝風呂は行わず、すぐに7時半からの朝食へ。朝食も、山菜や焼鮭など、ボリュームがある。8時に部屋に戻り、カメラバッグだけを持ち、8時半頃外出。
2006年2月 除雪列車を追って新潟へ 1日目 - ムーンライトえちご
平成18年2月新潟旅行
前年度取得できずに繰り越していた勤続10年のリフレッシュ休暇を利用して、只見線や上越線の除雪列車撮影を目指して新潟県へ出掛けました。この時代には既にインターネットの掲示板が広まり、除雪列車の目撃情報を外出先で閲覧することもできるようになっていました。今回の旅行は乗りつぶしではなく、目撃情報を見ながらの列車撮影なので、往路の「ムーンライトえちご」、宿は只見線の入広瀬に2泊と上越線岩原スキー場前に1泊予約した他、日中の行動は臨機応変としました。
横須賀線から中央快速線へのグリーン車乗継不可
2024年12月13日付けでJR東日本の2025年3月15日ダイヤ改正が発表されました。
在来線関連のトップに、中央線快速・青梅線でのグリーン車サービス開始を掲載しています。2024年10月から順次グリーン車が組み込まれ、この間はグリーン料金不要のお試し期間となっていますが、本営業の開始日が決まった訳です。
2005年12月 改装前の東京ステーションホテル
夕方まで神田の鉄道博物館を見学した後、東京ステーションホテルに宿泊しました。
東京ステーションホテルは東京駅開業翌年の大正4年(1915年)の開業。昭和20年(1945年)の空襲で大きな被害を受けて休業、昭和26年(1951年)に営業再開。平成15年(2003年)に東京駅丸ノ内駅舎が国の重要文化財に指定され、本格的な復原工事のため平成18年(2006年)から休業し、復原工事完成後の平成24年(2012年)に再開しています。
宿泊したのは復原工事に伴う休業前。丸ノ内南口ドームに面したシングルルームでした。
2005年12月 交通博物館
平成17年(2005年)12月18日(日)
平成17年のクリスマスを控えた日曜日に、交通博物館を訪問しました。
所在地が神田須田町なので「神田の交通博物館」と言われていましたが、最寄り駅は秋葉原。電気街を抜けて万世橋で神田川を渡ったところにありました。
昭和11年(1936年)に呉服橋(東京・神田間)高架下からここ神田須田町(当時は万世橋駅前)に移転した鉄道博物館は、昭和21年(1946年)に交通文化博物館、昭和23年(1948年)に交通博物館に改称して、平成18年(2006年)の閉館まで、長年に渡って乗り物好きの聖地でした。
万世橋の中央線高架横にある入り口には新幹線とD51、腕木式信号機が出迎え
JR東日本 2026年3月の運賃値上申請 - 東逗子からの横須賀線運賃試算
東日本旅客鉃道(JR東日本)は令和6年(2024年)12月6日に、2026年3月からの運賃改定を申請したことを発表しました。
詳細はJR東日本のニュースリリース参照↓
昭和62年(1987年)にJR東日本が発足して以来、消費税の導入や税率改定以外の理由で運賃を一斉に値上げするのは、初めてとされます。(首都圏では最近、鉄道駅バリアフリー料金の加算がありましたが)
2005年12月 183系ホームライナー逗子
平成17年(2005年)12月10日のダイヤ改正で特急「しおさい」はE257系に切り替わり、その間合いで運用されていた「おはようライナー逗子」「ホームライナー逗子」も183系からE257系に交代しました。183系運用最終日の「ホームライナー逗子」です。