平成4年(1992年)9月に学生団体の泊りがけの会議で箱根に行った際の箱根登山鉄道です。
最近(令和8年)時点では残り1編成となったモハ1形も、この頃は主力でした。
大学入学後最初に参加した鉄研合宿は、河口湖で行われました。平成2年(1990年)5月のことです。往復には富士急行(現・富士山麓電気鉄道)を利用。3100形の貸切運行もありました。このブログを公開した令和8年(2026年)時点で富士山麓電気鉄道で運用されている車両は一番古いものでも1994年以降の製造なので、この旅行以後に総入替されていることになります。
大学受験が一段落した平成元年(1989年)10月に、初めて単身1泊旅行に出かけることにして、小海線の 野辺山を訪れました。旅行記が残っていないので当ブログ開設時に掲載しませんでしたが、中央本線は115系と183系、小海線にはキハ52、信越本線に189系あさま、碓氷峠にEF63 と、今は見られない車両ばかりなので紹介します。
新橋ー横浜間の鉄道本開業が太陽暦で明治5年(1872年)10月14日であったことから従来から10月14日は「鉄道記念日」でしたが、平成6年(1994年)から「鉄道の日」となり、全国で大々的にイベントが行われたと思います。
このとき、JR大宮工場のイベントに出掛けました。
第1回ということで気合が入っていたのか、「新旧つばめの出会うとき」としてJR他社の新型車両や往年の名車が集まり、今では考えられない壮大なものでした。
前回に引き続き、旅日記のない写真のみの投稿です。
大学の帰りに鶴見線と南武支線に寄り道しました。
当時の鶴見線はデータイムにクモハ12が大川支線だけでなく、海芝浦や鶴見へも乗り入れていました。
鶴見駅停車中のクモハ12
これまで旅行時期順に旅日記を公開してきたところ順番が戻りますが、平成3~4年(1991~1992年)に撮影した鉄道写真が少し出てきたのでアップしておきます。
旅の終盤では、北海道ちほく高原鉄道に乗車。札幌で土産物を購入してから、急行「はまなす」、特急「白鳥」、2階建新幹線の「Maxとき」と乗り継いで帰宅しました。
急行「利尻」のキックターンで夜を明かした後、廃止1年前の深名線に乗車しました。
名寄から旭川に回り、常紋信号所に停車する臨時特急に網走まで行き、原生花園を見学して斜里に泊まりました。翌日は知床半島を観光しました。
この日は函館を出発して、長万部から函館本線のいわゆる「山線」に入り、ニセコからC62ニセコに乗車しました。夜になってから札沼線に新十津川から乗車しましたが、こちらはあまり写真が残っていません。
就職してから最初の長期旅行は北海道でした。寝台特急「はくつる」の座席利用(後の寝台列車に登場するゴロンとシートやカーペットシートと異なり普通にボックス席に座って移動)で出発し、大型蒸機のC62で運行されていたSLニセコ号に乗車。現在では廃線となった江差線や深名線、北海道ちほく高原鉄道などに乗車しました。帰路は急行「はまなす」から長距離運行が残っていた特急「白鳥」に乗り継ぎました。
この旅行以降、一人旅のときには乗り継いだ列車の記録と旅日記を合わせて大学ノートに記録していて、後年にデジタル化しました。
平成6年(1994年)5月29日、JR八高線のタブレット閉塞が廃止されるのを前に、D51 498牽引の旧型客車による「SL八高号」の運行があり、沿線は撮影者で大賑わいでした。
平成6年(1994年)春休みの終わりに、銚子電気鉄道を訪問しました。
旅日記はつけていませんでしたが、現在は走っていない車両を撮っていたので掲載します。
この時は、外川まで往復した後、仲ノ町の車庫を見学しました。
高松・広島で計3泊の開催だった鉄研合宿を終えて、広島市内と宮島を観光してから帰路に就きました。その後、岡山の路面電車に乗ってから、夜間ながら加古川線を回って大阪から急行きたぐにで米原へ。米原駅で夜を明かしてから中央本線回りで奈良井宿に寄って、上諏訪駅露天風呂を利用し、身延線で富士に出て、急行東海で帰宅しました。(上諏訪駅の露天風呂は2002年7月9日に足湯に改装されています。)
合宿2日目は高松琴平電気鉄道の志度線と屋島線に乗車(琴平線は平成3年2月に乗車済)、現在は廃線となった屋島ケーブルで屋島や四国村、高松城址、丸亀城を観光しました。翌日は広島への移動日のため、宇高国道フェリー経由で宇野へ。ここから青春18きっぷを利用して宇野線・山陽本線・可部線の在来線を乗り継いで三段峡を散歩してから広島で合宿に再合流しました。
4日目は松山市内観光と伊予鉄道乗車の後、久万高原経由で県境を越えていたJRバスで県境を越えて土佐くろしお鉄道の中村泊まり。5日目は土佐電気鉄道に乗車しつつ高知城観光、その後金刀比羅宮に参詣して高松に戻り、鉄研合宿に参加しました。
鉄研合宿の高松・広島旅行の2日目は、ムーンライト高知で四国入りして、祖谷渓を歩き、徳島本線経由で徳島へ回って、阿佐海岸鉄道まで乗車しました。
平成6年2~3月 鉄研 高松・広島
大学生活最後の合宿は、候補地が絞られず、高松と広島の2か所を大移動する異例の形態で実施されました。四国との往復に四国ワイド周遊券、岡山から広島に飛び出す部分は青春18きっぷを利用しました。初日は急行東海1号から西へ乗り継ぎ、途中で静岡鉄道、愛知環状鉄道、東海交通事業に寄り道しながら大津へ行き、当時は併用軌道だった京阪京津線で京都入り、京都市営地下鉄などに乗車してから、快速ムーンライト高知で四国に向かいました。
この旅行の時期には日誌と乗継記録を別に記録していたものを再編集しています。