2010年03月札幌往復(往路)列車遅れの接続不能で発駅無賃送還が決まるまで

2010年3月ダイヤ改正で開業した横須賀線武蔵小杉駅と、廃止となった寝台特急「北陸」の最終列車を見てから北海道旅行に出掛けました。主な目的は宗谷本線のラッセル車撮影でした。しかし、強風や車両故障、送電トラブルによる列車遅れで初日の目的地に到着できないことが分かり、その対応として札幌での旅行打切りと発駅無賃送還を選択しました。上野から札幌までの長い道のりです。


2010年03月 札幌往復(序章)横須賀線武蔵小杉駅開業、寝台特急「北陸」最終を出迎え

2010年3月13日のダイヤ改正日に北海道旅行へ出掛ける際、この日に開業した横須賀線武蔵小杉駅に上り1番列車で下車。更に前夜で最終運行となった寝台特急「北陸」の上野到着を出迎えました。

時刻表より早く発車する横須賀線「電車」-採時駅と非採時駅 - 湘南新宿ライン「列車」との違い

横須賀線の電車は、時刻表よりも早い時刻に発車することがあります。どういうことでしょうか? 

2026年03月ダイヤ改正 横須賀線E235系に統一しても時短なし

2月25日に発売された時刻表から、横須賀線ダイヤを分析しました。昨年(2025年)のダイヤ改正では夜間作業時間拡大による初終電の時刻の見直しが行われ、東京・品川間のトンネル設備維持管理のため、下り久里浜行始発列車が東京始発を品川発に変更、逗子始発東京行最終列車が品川止まりに変更されましたが、今回は大きな変化が見られません。

2026年01月 横須賀線電化100周年記念鉄道カードラリー

横須賀線電化100周年を記念して 2025年12月19日から2026年3月1日までの期間で開催されている横須賀線電化100周年記念鉄道カードラリーに参加しました。

2025年12月 横須賀線電化100年

 横須賀線の大船・横須賀間が大正14年(1925年)12月に東海道本線東京・国府津間と同時に電化して100年が経過しました。電化当初は電気機関車が客車を牽引する運転形式で、電車運転となったのは昭和5年(1930年)からです。

JR東日本横浜支社では、電化100周年を記念して鉄道カードラリーを開催しています。

2008年09月 熊本旅行 6日目 - 帰路の上り寝台特急「富士」59分遅延

 九州からの帰路、廃止を半年後に控えた寝台特急「富士」に大分から乗車しました。途中、「富士」は約1時間の遅延。結果として乗り納めを少し長めに堪能できました。

2008年09月 熊本旅行 5日目 - 三角線、九州横断特急、寝台特急富士

 この日は午前中に三角線を往復してから豊肥本線の九州横断特急で大分に移動。大分駅近くで温泉入浴後、寝台特急富士のB個室寝台ソロに乗車しました。

2008年09月 熊本旅行 4日目 - 熊本電鉄、熊本市電乗車

 この日は杖立温泉からバスで日田に出て、普通列車と特急「有明」を乗り継いで新水前寺へ。その後、熊本市交通局(熊本市電)と熊本電気鉄道の乗りつぶし。

当時の熊本電鉄には元東急の5000系が現役でした。また、2022年10月に移転する前の終点御代志駅は、ホームにバス停を併設していて、電車とバスが対面で乗り換えられる珍しい構造でした。

熊本市内乗りつぶしの途中、上熊本駅ホームで寝台特急「はやぶさ」の通過を撮影。周囲では九州新幹線の高架が建設中でした。

2008年09月 熊本旅行 3日目 - 南阿蘇鉄道トロッコゆうすげ号、豊肥本線「あそ1962」、阿蘇山火口

 この日は阿蘇地獄温泉を出立して、トロッコゆうすげ号、キハ58改造のあそ1962などに乗車して、阿蘇駅からバスとロープウェイを乗り継いで阿蘇山火口見物をしました。



2008年09月 熊本旅行 2日目 - 0系こだま、南阿蘇鉄道、阿蘇地獄温泉

 サンライズで岡山に着き、山陽新幹線で最後の活躍をしていた0系こだまに博多まで乗車。九州新幹線建設工事の様子を横目で見ながら在来線特急「有明」と豊肥本線普通列車、南阿蘇鉄道を乗り継いで、阿蘇地獄温泉に宿泊しました。

2008年09月 熊本旅行 1日目 - サンライズ瀬戸のソロで岡山へ

 平成20年(2008年)9月、0系新幹線がこの秋に引退となること、寝台特急「富士・はやぶさ」が翌年3月に廃止になるらしいと聞き、これらの乗り納めをすることにしました。0系新幹線に乗車する岡山までのサンライズと、帰りの富士の個室はそれぞれ押さえましたが、九州での経路は直前まで決まらず、すべての宿が確定したのは出発前夜、乗車券の購入は出発当日の仕事帰りでした。


JR東日本2026年3月運賃改定 - 25%以上の大幅値上げとなる区間も!

東日本旅客鉃道(JR東日本)が申請していた2026年3月からの運賃改定が認可されたことを受け、同社は改定後の運賃の詳細を2025年10月8日に発表しました。

1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行 4日目 - 函館発稚内行急行1列車

  100年前の時刻表を使った机上旅行です。鉄道省線最南端の志布志から最北端の稚内を目指す架空旅行記の4日目は、函館発稚内行の夜行急行で、ついに終点の稚内に到着します。

1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行 3日目 - 常磐線経由急行801列車、青函連絡船

 100年前の時刻表を使った机上旅行です。鉄道省線最南端の志布志から最北端の稚内を目指す架空旅行記の3日目は、常磐線経由の急行801列車に青森まで乗車して青函連絡船に乗り継いで北海道に渡りました。当時の常磐線・東北本線は大半が単線通票閉塞でした。青函航路は自動連結器導入後の貨物列車航送に備えて車載客船が新造導入されたところです。

1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行2日目 - 特別急行2列車で東京へ

 100年前の時刻表を使った机上旅行です。鉄道省線最南端の志布志から最北端の稚内を目指す架空旅行記の2日目は、特別急行2列車を東京まで乗り通し、山手線未開通部分は市電で上野まで移動して、常磐線の夜行急行に乗り継ぎました。

1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行 1日目 - 志布志から矢岳越え、関門航路、特別急行2列車

 手元に時刻表があると、実際に出掛けなくても乗継経路を組んで机上旅行を楽しめます。それは現在の時刻表に限らず、過去の時刻表から、当時の旅を想像することもできます。

令和7年(2025年)4月1日にJTB時刻表が創刊100周年を迎えた機会に、創刊号である大正14年(1925年)4月号(当時は「汽車時間表」)の復刻版を参照して、鉄道省線の最南端から最北端までの早乗り継ぎを試みました。

JTB時刻表100年 - 最南端駅から最北端駅まで 1925年と2025年の乗継比較

 令和7年(2025年)4月1日にJTB時刻表が創刊100周年を迎えました。 

手元に時刻表があると、実際に出掛けなくても時刻表から乗継経路を組んで机上旅行を楽しめます。それは現在の時刻表に限らず、過去の時刻表から、当時の旅を想像することもできます。

ここにJTB時刻表創刊号である大正14年(1925年)4月号の復刻版があるので、試みに最南端から最北端までの乗継経路を組んでみました。現在のJR最南端駅は指宿枕崎線の西大山ですが、昭和35年(1960年)の開業です。大正14年4月号の路線図に載っている鉄道省線の駅では、志布志線の志布志駅が最南端と思われます。私鉄も含めれば鹿児島県南部に南薩鉄道と大隅鉄道の路線があり、志布志より南に駅がありましたが、今回は鉄道省線最南端の志布志を出発地としました。最北端は宗谷本線の稚内ですが、当時の稚内駅は現在の南稚内駅付近にあり、宗谷本線も音威子府から先が浜頓別経由の天北線のルートでした。志布志から省線だけを乗り継いで稚内までの経路を組んでみました。 

2007年03月 東北 3日目 鳴子から新庄経由での帰路

 仙台空港アクセス線とくりはら田園鉄道を訪問して鳴子温泉に宿泊した翌日は、新庄回り山形新幹線経由で帰京しました。

2007年03月 東北 2日目後半 - くりはら田園鉄道 廃線2週間前の賑わい

 新しく開業する鉄道がある一方で、長い歴史に終止符を打つ鉄道もあります。仙台空港アクセス線開業初日の朝に仙台空港を往復しましたが、同じ日に、月末で廃線となるくりはら田園鉄道を訪問しました。

祝・JTB時刻表100周年

本日はJTB時刻表4月号の発売日でした。JTB時刻表は本号で創刊100周年です。一読者として祝意を表します。著作権に配慮して写真の掲載は差し控えますが、表紙を飾る蒸気機関車8620形8630号は、創刊と同年の大正14年製造で、梅小路蒸気機関車館に動態保存されています。

2007年03月 東北 2日目前半 - 仙台空港線開業初日

 仙台に前泊して、仙台空港鉄道仙台空港線の開業初日の一番列車に乗車しました。開業式典時間前で、一番列車も満員という訳ではないものの、華やいだ雰囲気が見られました。同線にはJR編成と仙台空港鉄道編成があり、往復で両方に乗車できました。

2025年03月ダイヤ 東京からJRで日帰りできない都道府県代表駅は?東逗子からの経路も

 ダイヤ改正のときに特に旅に出る予定が決まっていなくても取りあえず時刻表を紐解いて乗継ルートを考えてみますが、定例的に確認しているのが、東京から日帰りできる範囲です。

東京駅を始発以降に出てJRの都道府県代表駅(JTB時刻表の索引図で二重の四角表示の駅)までJRと第三セクターの平日定期列車だけを乗り継いで行き、できるだけ長く滞在して、その日の最終列車までに東京駅に戻るルートを作成しました。

2006年08月 富山・奥飛騨 3日目‐神岡鉱山前タブレット交換、富山ライトレール

 奥飛騨温泉郷で1泊してからバスで神岡町内に戻りました。神岡鉄道は廃止時まで通票閉塞で、本社のあった神岡鉱山前でタブレット交換をしていました。

神岡鉄道と高山本線を乗り継いで富山に戻り、富山地方鉄道の未乗区間の残りを乗り通し、当時は別会社だったライトレールにも初乗車しました。帰路は北越急行経由でした。



2006年08月 富山・奥飛騨 2日目‐万葉線、富山地方鉄道、神岡鉄道

朝の氷見線に乗車してから如意の渡しで対岸に渡って万葉線に乗車。前日に引き続いて富山地方鉄道の未乗区間を回ってから、廃止間近の神岡鉄道に乗車して、奥飛騨温泉郷で宿泊しました。