1995年3月にサロンエクスプレス東京による団体列車で上野・軽井沢間を往復乗車しました。牽引機はEF58の重連、横川・軽井沢間は本務EF62と補機EF63重連での運行でした。
1990年05月 富士急行
大学入学後最初に参加した鉄研合宿は、河口湖で行われました。平成2年(1990年)5月のことです。往復には富士急行(現・富士山麓電気鉄道)を利用。3100形の貸切運行もありました。このブログを公開した令和8年(2026年)時点で富士山麓電気鉄道で運用されている車両は一番古いものでも1994年以降の製造なので、この旅行以後に総入替されていることになります。
1989年10月 野辺山
大学受験が一段落した平成元年(1989年)10月に、初めて単身1泊旅行に出かけることにして、小海線の 野辺山を訪れました。旅行記が残っていないので当ブログ開設時に掲載しませんでしたが、中央本線は115系と183系、小海線にはキハ52、信越本線に189系あさま、碓氷峠にEF63 と、今は見られない車両ばかりなので紹介します。
2006年05月 新潟 1日目 ‐ SLばんえつ物語
連休を利用して父と2人で1泊旅行に行くこととなり、列車や宿の混み具合を勘案して、「SLばんえつ物語号」に乗車して新潟に泊まるルートを考えた。「ばんえつ物語号」は、午前中の会津若松行は満席だったが、夕方の新潟行にはまだ席があった。観光地の宿泊施設は満室だが、新潟市内は比較的余裕があるようだ。3月に新宿から東武鉄道に乗り入れる特急の運転が始まり、ここから会津に出る方法もあったが、こちらは満席。そのため、新幹線の自由席で郡山まで出ることとした。
2006年2月 除雪列車を追って新潟へ 4日目 - 未明のラッセル通過、只見線・上越線モーターカー、ガーラ湯沢、岩原スキー場前
只見線を未明に通過するラッセル車の光跡を入広瀬の宿の部屋から撮影。チェックアウト後に入広瀬付近で除雪モーターカーの稼働光景を撮影、上越線でも除雪風景をとりながら移動し、ガーラ湯沢からは在来線を俯瞰撮影。岩原スキー場前付近で宿泊しました。
2006年2月 除雪列車を追って新潟へ 3日目 - 只見線代行タクシー、上越線モーターカー
2日目へ
7時を過ぎてから起床。朝風呂は行わず、すぐに7時半からの朝食へ。朝食も、山菜や焼鮭など、ボリュームがある。8時に部屋に戻り、カメラバッグだけを持ち、8時半頃外出。
2006年2月 除雪列車を追って新潟へ 1日目 - ムーンライトえちご
平成18年2月新潟旅行
前年度取得できずに繰り越していた勤続10年のリフレッシュ休暇を利用して、只見線や上越線の除雪列車撮影を目指して新潟県へ出掛けました。この時代には既にインターネットの掲示板が広まり、除雪列車の目撃情報を外出先で閲覧することもできるようになっていました。今回の旅行は乗りつぶしではなく、目撃情報を見ながらの列車撮影なので、往路の「ムーンライトえちご」、宿は只見線の入広瀬に2泊と上越線岩原スキー場前に1泊予約した他、日中の行動は臨機応変としました。
2003年10-11月 ムーンライト信州、大糸線、上田交通
職場の写真サークルの旅行で長野県上田市に行きました。ただし、往路は現地集合となったので、快速ムーンライト信州で大糸線の途中まで行って松本まで戻り、篠ノ井線経由で上田へ。上田交通沿線で撮影して新幹線で帰宅しました。なお、日誌は単独行読校だった往路しか記録していないので、上田到着前後からは写真のみです。
2003年11月 山梨県富沢町の江ノ電302・352
平成15年(2003年)11月に、山梨県南巨摩郡南部町を通りました。キャンプ場「ターキーズハウス」には、江ノ島電鉄で長年活躍した302・352号車が静態保存されていて、内部も見学できました。紅葉の山中に眠る江ノ電車両は、今から振り返ると神秘的でした。
2002年03月 小海線 1日目 - 長野行新幹線で佐久平まで
祝日に休みを1日加えて、小海線の旅に出掛けました。小海線に乗車するのは平成元年(1989年)以来です。往路は長野行新幹線(現・北陸新幹線)、復路は中央本線経由です。
2000年09月 長野 4日目 ~ 長野電鉄2000系特急、篠ノ井線冠着越え、他
旅行4日目(最終日)は、当時2000系で運行されていた長野電鉄の特急で長野に戻り、晴天の下、篠ノ井線の「日本三大車窓」の一つである姨捨付近を通って塩尻へ。そこから特急あずさで帰路につきました。