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3月, 2024の投稿を表示しています

1998年09月 ドイツ・英国 6日目 - ニューカッスルから東海岸本線でロンドンへ

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 ニューカッスル を後にするこの日は、午前中に散歩と観光、午後の列車でロンドンへ移動しました。

1998年09月 ドイツ・英国 5日目 - ダーラム、ワシントン などニューカッスル近郊

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 この日は、Durham(ダーラム)など、Newcastle近郊の馴染みのあるエリアを回りました。

1998年09月 ドイツ・英国 4日目 -エディンバラ、フォースブリッジ、ヨーク、ニューカッスル着

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 夜行2連泊を経て4日目にエディンバラに到着。近郊にあるフォース鉄道橋を撮影後、東海岸本線を南下してヨーク鉄道博物館見学。再度北上してニューカッスルに宿泊しました。

1998年09月 ドイツ・英国 3日目 - ライプツィヒからケルンへ夜行列車、ブリュッセル・ロンドン間ユーロスター、ロンドン・エディンバラ寝台列車

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 旅行3日目はライプツィヒからフランクフルトまで国際夜行列車で夜明かし。ケルンとアーヘン、ブリュッセルを短時間ずつ観光して、ユーロスターでロンドン入りしました。2007年に英国内の高速新線が開通して、ユーロスターのロンドンのターミナルはセント・パンクラス駅となりましたが、旅行当時は在来線経由でウォータールー国際駅発着でした。 地下鉄でユーストンへ移動して、ここからエディンバラ行きの寝台列車に乗車しました。

1998年09月 ドイツ・英国 2日目 - ベルリン市内と近郊、夜行移動

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 欧州旅行2日目は、ベルリン市内と、近郊のザクセンハウゼン収容所跡、ポツダム会談の会場となった ツェツィーリエンホフ宮殿などを見学してから、ライプツィヒ乗換の夜行列車でフランクフルトに向かいました。

1998年09月 ドイツ・英国 1日目 - フランクフルト乗継でベルリンへ

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 平成10年の夏休みは9年ぶりの海外旅行でした。9日間の日程で、ドイツから英国へ列車で渡る経路です。途中に夜行2連泊を組み込んでいます。ドイツではベルリンの壁など冷戦期の遺産を見学。英国はかつて住んでいた北東部の訪問を組み込みました。

1998年4月 伊豆虹の郷ロムニー鉄道

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 平成10年(1998年)4月に、職場の同僚と日帰りバスツアーに参加して、伊豆修善寺虹の郷を観光して、園内を走る「ロムニー鉄道」に乗車しました。 英国の南部を走るロムニー・ハイス・アンド・ディムチャーチ鉄道と北西部湖水地方を走るレイブングラス・アンド・エスクデール鉄道の協力を得て平成2年(1990年)に運行開始したものです。両鉄道は、公共交通機関として線路幅が世界最小の15インチ(381mm)で、JR在来線の1067mmや、新幹線の1435mmと比べて極小です。 機関士が立ち上がると機関車の屋根からはみ出るほどです。 枕木腐食などの老朽化のため令和3年(2021年)8月から運休していましたが、寄付を募って復活プロジェクトが行われ、令和4年(2022年)3月に運転を再開したそうです。 目次へ

1998年2月 北海道4~5日目 ー小樽、札幌、室蘭、寝台特急「北斗星6号」

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 旅行終盤では小樽と札幌を観光し、室蘭でJR北海道全線完乗。寝台特急「北斗星6号」で帰路につきました。

1998年2月 北海道3日目 - 流氷と摩周湖、丹頂鶴

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 旅行3日目は、釧網本線の浜小清水と北浜で流氷撮影をしました。その後、摩周湖を観光してから、茅沼駅で丹頂鶴の撮影をしました。 

記事目次

 記事数が増えてきたので、簡素ながら目次ページを作成しました。 目次ページへ

1998年2月 北海道2日目-夜行特急オホーツク、留萌本線、リゾートあばしり、流氷観光船

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 旅行1日目の夜は夜行特急オホーツクの上下列車を上川で乗り継ぐ「キックターン」で明かして、2日目は当時増毛まで通じていた留萌本線を往復。リゾート車両を使った「リゾートあばしり」で網走へ。流氷観光船に乗船して流氷見物をしました。 

1998年2月 北海道1日目 - 新千歳から日高方面

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  平成10年2月の北海道旅行では、JRの未乗区間の乗りつぶしをしつつ、流氷や丹頂鶴の写真を撮るために道東を目指しました。5日間の行程の往路は航空機、復路は東室蘭から寝台特急「北斗星」を利用しています。使用したきっぷは「周遊きっぷ」。道内5日間有効の「ゾーン券」と往復の「ゆき券」「かえり券」を組み合わせて販売され、「ゆき券」「かえり券」は従来の「周遊券」と異なり事前に経路を指定する必要があるものの、オーダーメイドで経路を設定でき、航空券で代替することもできました。

ダイヤ改正:横須賀線列車の所要時間変遷

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今回(2024年3月)のダイヤ改正では東逗子周辺の横須賀線ダイヤに大きな変化は見られませんでしたが、この機会に復刻版を含む手元保管の時刻表を開いて、東京から東逗子や横須賀までの所要時間の変遷を調べてみました。 今回は大船や逗子で乗換となる列車は除外して、平日の下りで東京から横須賀まで直通運転している列車のみ集計しました。各年代の時刻表の横須賀線ページから直通列車を選んで、東京・東逗子・横須賀の時刻を拾い出して列車ごとの所要時間を計算して、下り最速列車と平均の所要時間を算出した結果は以下のとおりです。 東逗子駅は1952年(昭和27年)の開業なので、以降の年だけ掲載しています。 横須賀線は1914年から1924年にかけて順次複線化。1925年(大正14年)に電化して、蒸気機関車牽引から電気機関車牽引に代わったことで大幅に時間短縮しました。そして、1930年(昭和5年)にこれまでの客車列車から電車に代わって更なる高速化が図られました。1930年に湘南電鉄が黄金町から浦賀・湘南逗子まで開業し、翌1931年(昭和6年)には横浜・黄金町間が開通して横須賀線と競合することになったため思い切ったスピードアップがなされたようです。 以前の記事で、横須賀線列車が一番速かったのは電車運転開始後の戦前期と記述しました。 実際に集計してみると、1970年代に最速列車の所要時間が戦前期を下回る(東京・横須賀間で67分)列車がありましたが、全列車の平均としては1930年代が最も速かったと言えます。 戦後は電車の性能向上と最高速度引き上げによる時間短縮と、経路変更(川崎経由から新川崎経由になって距離が2.1km延びたこと)や停車駅の追加(かつては川崎も通過だったのが、西大井・武蔵小杉・新川崎・東戸塚・東逗子が停車駅に加わったこと)による所要時間増が綱引きして現在に至っています。また、最近では後続の湘南新宿ラインを逗子で待つなど、時間調整の停車時間が長くなっているように感じられます。逗子での増結も、貫通幌の取り付けや電気配線の接続作業も行っていた113系の時代と停車時間が変わっていないのが現状です。 東京・久里浜間では退避可能駅が少ないため快速運転は困難ですが、モーター車がE217系よりも多いE235系に統一された暁には時間短縮を期待したいところです。 ※ 1944年から1950年まではデータイム

1997年11月 阪和線で列車撮影

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 急行「砂丘」撮影の翌日も休みだったので、関西在住の鉄研同期と合流して、阪和線浅香駅で通過・発着列車を撮影しました。当時は103系や113系も現役で、隔世の感があります。 関空特急「はるか」 113系快速 103系普通列車 223系関空快速「ウイング号」 381系特急「くろしお」 205系普通列車 103系普通列車 関空特急「はるか」 381系オリジナル色の特急「くろしお」 阪和線の羽衣支線に乗車。当時は103系で運転されていました。 阪堺電車で移動。 昭和初期に製造の旧型車両も現役です。 天王寺まで戻って鉄研同期と夕食を共にして、夜、研修施設に帰りました。 目次へ

1997年11月 急行「砂丘」タブレット通過授受ファイナル 因美線高野駅

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 平成9年(1997年)11月29日ダイヤ改正で急行「砂丘」が廃止されてJRから通票(タブレット)の通過授受が無くなりました。 これまで何度か因美線を訪問して通票通過授受を撮影してきましたが、急行「砂丘」廃止直前の11月15日に高野駅を訪問して、最後の撮影をしてきました。 このとき、滋賀県内の研修施設に2週間出張していて、中間の土日が休みだったので、高速バスで出かけました。 平成9年(1997年)11月15日(土) この日は早朝に滋賀県内の研修施設を出発して、新大阪駅 711発のJR西日本特急高速バス に乗車。20分程遅延していましたが、津山ICで下車して、タクシーで高野駅に行きました。 急行「砂丘2号」高野駅通過 「砂丘2号」と行き違いの津山行普通685Dの発車 智頭行普通684Dの発着 「砂丘3号」通過を控えて東津山への通票の取り付け 信号梃子の操作と作動確認 「砂丘3号」通過 「砂丘4号」通過に向けて授器に取り付けられた通票 「砂丘4号」通過に向けて場内・通過信号は進行現示 「砂丘4号」進入 東津山からの通票を投下 窓の開く車両のため、車内からも見学者多数。 高野駅の通票授器 高野駅の通票受器 高野駅前 高野駅事務室 (画像の一部を加工しています)  帰りは津山駅1400発のJR西日本の高速バスで千里ニュータウンまで乗車。北大阪急行に桃山台から千里中央まで乗車してから引き返し、地下鉄淀屋橋まで乗車。淀屋橋1845発の京阪特急の2階席で三条まで乗車して、研修施設に戻りました。 急行「砂丘」の通票授受は何度も撮影に通いました。これまでの急行「砂丘」撮影時の記録は以下の記事でも公開していますので、本記事と併せてご覧いただければ幸いです。 1997年8月 九州(1~2日目)長い寄り道~嵯峨野観光鉄道、片町・東西線、因美線急行「砂丘」 1997年2~3月 津山方面(後半)-因美線タブレット閉塞・急行「砂丘」、三木鉄道、北条鉄道、梅小路蒸気機関車館 1995年7~8月 山陰 3~4日目 ー 一畑電車、急行「砂丘」、湯原温泉、松江市 1995年7~8月 山陰 1~2日目 - ドリーム京都、急行「砂丘」タブレット授受、餘部鉄橋夜景 1993年2~3月 南紀 4~5日目 - 紀州鉄道、交通科学館、急行「砂丘」タブレット 目次へ