1996年8月 北陸(後半)-白川郷、越美北線、金沢、神岡鉄道、ムーンライトながら

 旅の後半は、白川郷から長良川鉄道に抜け、JRバスで連絡していたルートで九頭竜湖に回り越美北線に乗車。金沢に宿泊して市内観光の後、神岡鉄道に乗車して高山本線回りで再び岐阜県側に出て、「ムーンライトながら」で帰京しました。 

前半(奥能登)はこちら

平成8年(1996年)8月9日(金)

 0630頃起床。朝食前に荻町城址の展望台まで登る。徒歩10分弱。途中の道は木が生い茂っているが、道路から少し外れた所にある展望台の所だけ視界が開ける。


合掌集落が眼下に広がる。数回シャッターを切る。再び宿の方へ降りて行く。7時を過ぎ、散歩する観光客も見られるようになる。

 宿に戻り朝食。昨夜と同様、教員氏と共に。味噌汁が美味。


 朝食後間もなくチェックアウト。宿の前で記念撮影。一度バス停まで下りて、乗り場位置と時刻の確認。時刻表では荻町847だが、合掌集落の発時は849となっている。



 815頃に明善寺へ。8時開館となっているにも関わらず閉の札が出ていたが、声を掛けると入ることができた。庫裏が大きな合掌造りで、築およそ200年とのことである。34階が内部も合掌造りで、民俗用具も陳列してある。窓からの眺めも良い。本堂にも1階の廊下でつながっている。





 840頃バス通りへ戻り、土産を買う。買う物は前日のうちに決めていたので早い。

 

荻町合掌集落 849→1036 美濃白鳥 美濃白鳥行 JRバス 岐阜22き・716

 ほぼ定刻で出発。乗客は比較的多い。バスは荻町を過ぎると平瀬を通り、御母衣湖岸を走る。トンネル断面が狭いので大型車のすれ違い不可。そのため、見通しの悪いトンネルでは入る時にクラクションを鳴らして、対向車の注意を促す。牧戸では2分停車。10人くらいの乗客が下車する。バス停で待っている客がいるが、ほとんどが白川郷への客。途中の道路工事(バイパス迂回運転)で遅れている模様。



 957に分水嶺を通過。ここからは長良川に沿って走る。途中から迂回路に入る。落石除去工事のため、かなりの時間を要する。迂回による不通過バス停一覧には北濃は含まれておらず、当然通るものと思われたが、結局白鳥終点までノンストップで連れて行かれる。幸い、北濃乗り継ぎ不可の場合のルートも決めていたのでそれに切り替えるが、白鳥の観光時間が1/3に減ることになった。美濃白鳥駅には1050頃着。

 

美濃白鳥 1111→1223 美濃市 美濃太田行14 ナガラ10単行

 乗客20名弱だったが、徳永から倍増。郡上八幡からも多数乗車で立ち客も出る。列車は長良川沿いで、鉄橋を幾つか渡る。良い眺めのようだが、ロングシートなので見難い。券売機の切符は両面刷りである。ワンマンの運賃箱に入れた時にどちらの面が上になっても見えるようにするためと思われる。

 列車無線が、対向11列車の遅れを告げる。大矢で停車。運転士が、対向列車遅れのため10分程停車する旨を告げる。美濃太田から特急「ひだ」へ乗り継ぐ客がいるため、無線で乗り継ぎの手配をしていた。大矢を発車したのは12分延の1215。この様子では関での折り返しに余裕が無さそうなので、美濃市折り返しに変更することにした。美濃市まで乗れば、2月に乗車した区間とつながる。大矢発車時には12分延だったが、回復運転によって、美濃市着は10分延程度まで取り戻していた。

 美濃市では郵便局へ行き、資金を引き出す。場所がなかなか分からず、往復に時間を要した。大荷物を背負い、大汗をかきながら駅に戻る。

 

美濃市 1301→1426 北濃 北濃行13  2両編成 先頭=ナガラ9

 美濃市駅に着いたのは1303だが、対向列車遅れの影響で、まだ上り列車が待っている。13レは1308頃到着。おかげで乗ることができた。レールバス空調の通風口を手前に向けて、汗を引かせながら北濃へ向かう。

 美濃白鳥1425着。ここで殆どの乗客が下車して先頭車の乗客5名、後車の乗客ゼロになる。午前中に北濃へ行けなかったので、このまま乗り続ける。10分延の1426に発車。美濃白鳥と北濃の間だけスタフ閉塞。

 白山長滝までに他の乗客は全て降り、最後の1駅間は貸切状態だった。

 

北濃 1450→1458 美濃白鳥 美濃太田行520  同編成

先頭=ナガラ3  S61富士重工

 北濃からの乗客は4名。次の白山長滝で、遠足帰りらしい小学生と引率者の計30名くらい乗車。

 美濃白鳥駅から長良川岸まで徒歩10分弱。長良川の水に手を触れてみる。少し冷たい程度。

 

美濃白鳥駅 1540→1625 九頭竜湖駅 九頭竜湖駅行JRバス 岐221939

 乗客は2名。もう一人の客も時刻表を眺めており、越美北線に乗るものと思われる。白鳥の街を抜けて峠越え。長さ1000m余りの越美トンネルを通って福井県に入る。九頭竜湖を左に眺める。途中の白馬洞へは一旦脇道に入ってターンする。いずれも乗降客なし。結局、九頭竜湖駅まで通しの乗客2名のままだった。九頭竜湖駅には定時到着。

 九頭竜湖駅は、道の駅を併設したログハウス風の建物。しかし、乗り継ぎに7分しかないので、内部は見なかった。 


九頭竜湖 1632→1748 福井 福井行134D  キハ120 203単行

 新型の気動車で、面積の半分以上がロングシート。後ろ寄りの4ボックスだけがクロスシート。運転手氏の隣に女性の社員が立っているが、運転する訳でも切符を売る訳でも検札する訳でもなく、前部に立っているだけで役割不明。回送なのかも知れない。

 軽快気動車の特性を発揮し、かなり高速で走る。

 前述の女性社員は越前大野まで乗っていたが、途中の停車中に客室の方を振り向いた際に見えた名札から、九頭竜湖駅の観光駅長と判明。やはり回送のようだ。

 越前大野では、改札内に腕木式信号機が保存されている。「平成5? 金沢支社最後の腕木式信号」との案内板が付いている。

 福井到着時は満席で、立客もあった。

 

福井 1815→1905 金沢 しらさぎ11号 富山行L特急11M  4899両編成 先頭9号車=クハ489-302

 福井駅で駅弁を買ってからホームへ行く。1809発の雷鳥33号に乗る予定だったが、混んでいたので見送り、すぐ後のしらさぎ11号に乗車。しかし「しらさぎ」も混んでいて、着席はできたものの駅弁を食べる程には空いておらず、宿まで持って行くしかない。

 

宿泊 キャッスル・イン金沢

 1920頃にチェックイン。駅弁を食べながらニュース等を見る。その後、駅周辺を散歩。キヨスク併設の比較的大きな本屋がある。その他には土産物屋、古本屋がある。ファーストフード等は全くなく、コンビニやファミリーレストランが僅かにあるのみ。


平成8年(1996年)8月10日(土)

 620起床。バイキング形式の朝食は、高校生で混んでいた。メニューの内容に比べて900円は少し高く感じた。805チェックアウト。荷物を預かってもらう。

 

金沢駅 812兼六園下 石川22き・189

 北鉄の窓口で、バスの1日乗車券を900円で購入。元が取れるかどうか分からないが、まずは兼六園へ行く。兼六園には830930滞在。写真撮影時にはデータを取る。構図を慎重に決めた上にデータも取っていたので、滞在時間の割に撮影枚数は少なかった。 





兼六園下 954→ 香林坊 84系統 石川22き・730

 武蔵ケ辻方面のバスに乗り、香林坊で下車。野村家と109を散歩。野村家は庭と茶室が良い。300円で抹茶もいただける。


香林坊 1116広小路 寺町方面 石川22き・453

 犀川を見に行く。橋を渡って、片町に戻る。

 

片町 1135→ 武蔵ケ辻 武蔵ケ辻行 石川22き・189

 武蔵ケ辻の近江町市町を見物。海産物が主。やはり蟹は高い。各所に氷塊が置いてあり、触って行く人が多い。

 

武蔵ケ辻 1149→ 金沢駅 中央病院行 石川221113

 金沢駅に着き、ホテルに行って今朝預けた荷物を受領。駅に戻って土産物を買い漁る。急いで回ったが、やはり多少は時間がかかる。

 

金沢 1237→1314 富山 スーパー雷鳥(サンダーバード)83号 富山行 特急8013M  6819両編成 7号車=クハ680-505

 臨時列車のためか、先発の「かがやき7号」よりもはるかに空いている。富山止まりというのも要因かも知れない。乗車率は1520%程度。そのため、土産物をリュックに詰め直す作業が容易にできた。しかし、金沢の滞在が長引いた分、富山の観光は殆どできない。富山の乗り継ぎは25分間。

 

富山駅前 1324→ 県庁前  7019

 釣り掛け車両。駆け足で富山城跡を観光。

 県庁前公園の写真を撮るが、戻りの電車がなかなか来ないので、駆け足で富山駅に戻る。また大汗かいた。

 

富山 1339→1424 猪谷 高山行830D  キハ1202両編成 先頭=キハ120-352(1996NIGATA)

 ギリギリに駆け足で乗り込む。改札でレンズキャップを落としたらしく、駅の人がわざわざ届けてくれた。車内は混雑していて、笹津までは立っている。

 富山発車後しばらくは田が広がっていたが、幾つか川を渡り、トンネルを通り、笹津辺りからは渓谷とトンネルが続く。さすが本線だけあって2駅に1駅は交換駅だった。片面ホームの駅と交換駅が概ね交互にある。

 猪谷の1つ手前の楡原も交換駅で、ディーゼル重連の貨物列車とすれ違った。

 


猪谷 1441→1513 奥飛騨温泉口 奥飛騨温泉口行1107D  KM-101(おくひだ1)単行

 噂の囲炉裏のある列車。イミテーションだが、ちゃんと火の部分には赤色灯が灯っている。鉄瓶もしっかりしたもの。

運転手は発車直前までくつろいでいたが、発車1分前になると姿勢を正して真っすぐに座り直す。通票は運転席左側に掛けてある。形状は。元々からあったので、タブレットではなくスタフであるのかも知れない。「奥飛騨の地下鉄」と言われるとおり、トンネルが続く。鉱山の建物が左に見えて神岡鉱山前。通票を交換して、ここからは

 

奥飛騨温泉口 1519→1521 神岡大橋 神岡鉱山前行204D 同車両

 1駅戻って、神岡大橋から神岡町内を散歩する。駅近くの高原川の眺めが良い。

 川から少し離れながら下流に向かって歩くと、右側に木の茂った丘があり、これが高原郷土館。急な歩道の階段をよじ登る。(迂回すれば、もっと広い道もあるようだ。)鉱山資料館から順番に見ることにする。何れもこじんまりとしているが、色々な資料が揃っている。特に鉱山資料館にある鉱石等の標本は興味深い。



 一通り見て神岡の町へ下りる。町外れの神岡物産センター(サンライフ2階)で、銀氷華のキーホルダーを買う。当初の予定では神岡鉱山へ行くところだが、神岡の町内には、駅前他いくつかの水屋があるので、飛騨神岡駅へ向かうことにした。途中、醤油・味噌の醸造元があり、良い香り。途中の道に水屋は見当たらなかったが、飛騨神岡駅の高架下の水屋で、乾いた喉を潤すことができた。 


飛騨神岡 1642→1708 猪谷 猪谷行110D  KM-101単行

 猪谷へ戻る。1本前の上りが神岡鉱山前止まりなので、奥飛騨温泉口からの列車で見た乗客が何人か、ここから乗ってきた。



猪谷 1727→1910 下呂 ひだ16号 名古屋行 L特急1036D  キハ853→8両編成(高山増結)先頭中間8号車=キハ85-103

 猪谷駅では券売機のみ稼働。しかし特急券は券売機で扱っていない。改札窓口に行くと、車掌用の機械と同じものを使って発行。しかし誤って高山までのものを買ってしまったので、車内で変更した。その後、オレカも購入。

 車内は75%以上の混雑。通路側に何とか席を得た。しかし、窓が広いので景色は楽しめる。途中まで宮川の流域を走り、景色が良い。交換駅が多いが、昔ながらのY字ポイントの駅が多く、通過の場合も大幅に減速。仮にタブレット閉塞でも通過授受ができそうな程の速度だ。

 高山で前に5両増結。6分停車の間にホームに下りて飲料(ミルクココア)を購入。車内にも飲料の自販機はあったが、細い250mlだけ扱っている。

 高山を出ると、外が暗くなってきた。高山で増結したにもかかわらず乗客は増え、90%程度になる。

 下呂駅で下車するが、表口には何もない。地下道を通って裏口が、本当の駅前という感じ。不思議な構造の駅だ。

 橋の下の噴泉池という露天風呂に入った。思ったよりも入っている人は多い。小雨が降り始めたが、しばらく浸かる。少し熱い。

 「駅前」の土産物屋を見る。土産用の地酒が欲しいと思ったが見当たらない。五平餅は3本入しかなく、しかも重そうだ。結局何も買わずに駅に戻った。

 

下呂 2020→2135 美濃太田 美濃太田行754D  キハ112両編成 先頭=キハ11 118

 ボックス席を1つ確保。キハ11はロングシートだけと思っていたが、セミクロス車もあった。ただし、トイレが無いので、45分停車の駅では車内放送で駅のトイレの位置を案内していた。

 疲れたので車内でぼんやりしている。

 美濃太田での乗継ぎ時間は20分。土産用の酒だけが心残りなので、駅周辺を歩き回り、ようやく見つける。駅を出てコンビニのある角を左に曲がって進行方向左側だった。飛騨の銘酒というと「鬼ころし」になるらしい。この銘柄は逗子にもあるが、他に適当なものが見当たらない。箱のデザインは一応飛騨高山をイメージしたものなので、まあ良しとする。

 

美濃太田 2159→2228 岐阜 岐阜行2272C  キハ11 114単行ワンマン

 鬼ころしも入手し、とりあえず満足して駅に戻る。同じ1番線に岐阜行と多治見行が止まっていて、分かりやすいように、それぞれの入口に大きな看板を置いていた。

 セミクロスシートの車内は、美濃太田発車時85%から終着時95%くらい。2229に岐阜到着。この時点で東海旅客鉄道を完乗したことになる。

 岐阜駅前には、開いている食べ物屋は1軒も無い。駅前から1本入った所にある商店街は全店閉まっていた。新岐阜駅近くも似たようなものだが、辛うじてミスタードーナツとローソンが開いていた。ローソンでスパゲティとおむすびを1つずつ購入。

 駅に戻ったが食べる場所は無い。ホーム待合室には、多くの人が入っている。 


岐阜 2318→423 川崎 ムーンライトながら 東京行372M  3739両編成3両目7号車=クハ372-7

 岐阜発車時点では乗車率15%程度。隣には同時に乗車した人がいたが、失礼してスパゲティだけ食べた。コンビニで既に暖めてあるのでやむを得ない。16時間ぶりの食事となった。

 名古屋で多数の乗客。同じホームの反対側には臨時東京行も停車しているので、ホームはごった返す。指定券の無い人は臨時列車に乗り換えるよう繰り返し車内放送がある。大府発車時点の乗車率は80%弱。

 車両は、昨年秋に乗った特急「ふじかわ」と同型車。比較的大きなイメージのする紫色のリクライニングシート。車内電話がすぐ近くにある。各車両の客室入口上の電光掲示板には、号車番号、指定or自由、禁煙表示、トイレ使用灯、次駅等のインフォメーションが示される。トイレは最近の特急車の例に漏れず、男性用が付いている。デッキやドアが広いのが特徴。座席にはフットレストがある。テーブルは背面にない(背面は網カゴのみ)代わりに、肘置きに内蔵されている。これも最近の特急車の流行で、これならば座席を向かい合わせにしてもテーブルが使えて便利。背もたれの頭を置く位置の左右が深く(突出している)、シートを倒して寝る時に頭がズレにくいようだ。

 検札は、大府発車時点から、先頭9号車から始めている様子だったが、当席(7号車8B)まで回ってきたのは蒲郡を発車してから。その蒲郡からの乗客も少しいて、乗車率は95%以上になる。ライナー代わりの乗客が多いかと思っていたが、ほとんどが明らかに旅行者で、名古屋圏内での下車客は見られない。考えてみれば土曜発だから当然かも知れない。

 豊橋発車時点で、最後の車内放送。次の放送は横浜からとのこと。


平成8年(1996年)8月11日(日)

 静岡では、かなり乗客の入れ替わりがあった。下車したそばからすぐ次の乗客が入るという感じで、座席の空いた区間というのが無い。沼津で長時間停車。後続の臨時と再び並ぶ。熱海からこの車両は自由席となる。客室内の電光表示が、熱海停車中に「指定席」から「自由席」に変わった。以前のような手差しの札と異なり、該当する車両の表示を一度に変えられる。

 熱海から自由席になったが、下車する客はほとんど見られない。乗車してくる人は、熱海・小田原からそれぞれ若干名いたが、座れない人もいた様子。

 名古屋圏内では推定115120km/hを出していた(レール長25mとして、レールのつなぎ目を拾う音が40回(走行距離1km)を数えるまでの時間が3032秒であったことから推計)が、東日本区間では100km/hくらいしか出さない。

 大船発車時点で7号車の立客は78名。まだ4時前後で、平塚の113系も大船の209系もまだ眠っている。

 川崎で下車。周遊券を使い切らずに手元に残すためである。改札に駅員がいなかったので、下車印は無し。

 

川崎 429→447 東京 東京行9372M 16511両編成先頭=クモハ165-60

 70%弱の乗車率。ボックス平均23人だが、デッキに座っている人もいる。品川で空いたボックスに座る。品川手前から空が白み始めた。

 東京駅8番線に定刻着。同じホームの反対側7番線に先行の「ムーンライトながら」が停車している。


 一度改札を出て丸ノ内側駅前も散歩。すぐまた駅に戻る。

 

東京 520→603 大船 静岡行323M 3739両編成 7号車=クハ372-7

 東京駅で特にすることもないので、予定より早く、この列車に乗る。普通列車だが、ムーンライトの折り返し運用なので、373系の豪華編成である。ムーンライトのアンコールと言えよう。利用率は高く、品川発車時で7080%、横浜から満席。


 

大船 612→623 逗子 横須賀行481S 11315両編成6号車=モハ112-1148

 大船駅構内のハンバーガー店の営業時間は730-2100なので、朝食は帰宅後とする。まだ空いていて、車内の乗車率は15%程度。鎌倉を過ぎて、馴染みの風景を走る。

 逗子で下車して、タクシーで帰宅。

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