2011年6月の石巻出張の非番の日、午前中の仙石線沿線に続いて、午後は女川に向かいました。JR石巻線は石巻・女川間が震災で不通で、列車代行バスが運行されていました。
平成23年(2011年)6月12日(日)続き
◎石巻駅 12:50→13:42 女川 JRバス東北647-0934 岩手220か・824
商店街をゆっくり通り抜ける。信号は現在も点灯せず、警察官が交通整理をしている。石森章太郎のマンガのキャラクターの像が並ぶ商店街は、子細に眺めると、柱が傾いて崩れかけた店もある。宿泊先近くの、すき家のある交差点を右折、路面が鉄板で応急修理された石巻大橋を渡った、牧山西トンネル入口付近が、稲井バス停。
牧山道路を抜けて、伊原津地区に出ると、道路周辺にも津波の爪痕が大きく残る。ヨークベニマルも大きく損傷しているし、土台から傾いた家、流れ着いた車両も残っている。自衛隊の災害派遣車両が渡波中学校などにたくさん駐留している。
渡波(わたのは)駅の駅舎は残存。渡波駅近くのコンビにLawsonが営業中。万石浦駅近くではショッピングセンターのイオンが営業中。他は閉まっている店が多い。
万石浦に沿って走る区間の線路は残っている。水面近い高さの一部で、バラスト下に水が溜まっている箇所があるが、線路自体の損傷は無いように見える。万石浦沿いの沢田駅も同様。
浦宿駅も、遠目には残っている。
浦宿を過ぎてJRのガード下をくぐると状況は一変。まだ標高はありそうなのに、壊滅状態。他の津波被害地域では、2階が残っている家が多かったが、この辺りは基礎しか残っていない家が多く、瓦礫の平原と化している。
代行バスの終着は、避難所のある女川運動公園の入口にある。避難所の入口ではボランティアが精力的に活動している。
ここから坂を下りて、港周辺を歩く。休日のせいか、自衛隊やボランティアの他に一般人も多い。港の周辺で写真を撮る人も少なくない。港周辺の道路は砂利道。車も頻繁に通る。
基礎しか残っていない家が大半で、鉄筋コンの家屋でも、4階の窓まで破壊されているので、津波の高さは石巻よりも高かったようだ。中には、建物の躯体と基礎が一体で地盤からはがれて倒れているものもある。
港の近くに表示してある避難路の先は、高台にある女川町立病院。ここの駐車場から、港の状況を見ている人が多い。町立病院は無事の様子。
駅と役場は、運動公園のある丘と町立病院のある丘に挟まれた位置にある。「あった」とした方が適切かも知れない。
役場は3階くらいまで外壁が破壊されている。駅舎の隣にあった温泉施設は、1階の半分くらいの高さを残し、それ以上は無い。近くに重機が止まっていたので、津波ではなく解体工事中かも知れない。温泉施設の前にあった、去年利用した足湯は、跡形もない。
駅前の公衆トイレは残骸があるが、駅舎は無くなっている。流されたのか撤去されたのか。ホームへ上がるエレベーターの1階部分だけが残り、そこに「石巻線ホーム」との案内が残っていたので、辛うじて駅だと分かる。
ホームは途中が分断され、ホーム部分の線路は無くなっている。ホームから少し石巻方面に戻った辺りからようやく線路が見え始める。
役場のHPを携帯で見ると、役場機能は運動公園隣の第二小学校に移転している。行って見ると、日曜日のため窓口は休みで、受付に若干の応援職員がいる程度。運動公園の避難所や仮設住宅の状況を眺めてからバスに乗車。
◎女川総合運動公園 16:05→16:48 石巻駅前 石巻駅前行 宮城交通バス 宮城200か1893
渡波付近までJRバスと抜きつ抜かれつの走行。こちらのバスは、伊原津を過ぎると、湊町から市街地に入る。JRの代行バスよりも停留所が多いので時間がかかると思ったが、こちらの方がJRバスの定刻よりも10分くらい早く着いた。
駅から跨線橋を越えて北上し、コンビニに寄ってから宿に戻る。