2011年06月 石巻 その5 日和山と沿岸部

 2011年6月の石巻出張の後半、仕事帰りに市内や日和山公園等を散策しました。また、県の担当者の視察に同行する機会がありました。


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平成23年(2011年)6月13日(月)

 この日は宿の移動。荷物を準備してから、開北橋まで散歩。


その後、タクシーを呼び、荷物を持って出勤。

神奈川から5人1組での応援業務だったが宿が足りず、この昼で2人が任務終了となる。始業前に神奈川の5人で記念撮影。

 終業後、神奈川の残り3人でこの日からの宿にチェックイン。今度の宿は勤務先から徒歩圏。夕食は3人で近くの居酒屋。 


平成23年(2011年)6月14日(火)

 ここの宿は朝食付なので、出勤準備をしてから朝食会場へ。神奈川からの派遣は3人に減ったが、この日の昼前から土曜日まで、宮城県職員が2名入ることになり、総人数は維持された。


平成23年(2011年)6月15日(水)

 この日は仮設住宅の抽選会が行われていた関係で混雑。

 昼休みに平孝酒造まで出掛ける。神奈川のメンバーから聞いていた「震災復興酒 希望の光 日高見」が気になっていたが、完売とのこと。

業務後宿に戻ってコインランドリーを利用し、乾燥機作動中に近くの店で夕食。


平成23年(2011年)6月16日(木)

 通常勤務。夕方近くに、5階の市民ホールでフジテレビの取材が入っていた。

 神奈川から我々の後任で来週来る次の部隊の宿泊先が松島になったとの情報。市内の宿の多くが震災で被害を受けた上に復興支援で来県する人も多いため、宿泊施設の不足は深刻だ。


平成23年(2011年)6月17日(金)

 宮城県から派遣の担当者2名が昼過ぎに交代。埼玉県内の自治体から2週間近く派遣されていた職員が本日で終了。期間延長のために昼休みや業務後に自転車で市内を回って宿を探していたが確保できなかったという。

 終業後、洗濯の合間に、ホテル裏の鳥井神社周辺を散歩。乾燥待ちの間に駅近くの寿司店で夕食。


平成23年(2011年)6月18日(土)

 この日は業務が1時間早く終わり、一旦ホテルに戻ってから、鳥居神社と旧市庁舎を経由して日和山まで散歩。羽黒山公園の反対側にある市立図書館の敷地では自衛隊の入浴支援が行われていた。

旧市庁舎は日和山登山口の少し高い位置にあり、外観上目立った被害は無い。思いでの品保管所になっている。


ここから少し上がった中央公民館に、石巻市立病院の臨時診療所が設けられていた。

 日和山周辺にはコンビニや喫茶店も営業中。


公園から眼下に見渡せる被災地の惨状とは落差が激しい。土曜日のためか、震災から100日の慰霊祭があったためか、公園から海岸を見ている人が多い。慰霊のためか、海岸に向かってフルートを演奏している人がいた。





 帰路は旧庁舎から下の道から商店街を通ってホテルに戻るが、倒壊している店がいくつかある。土曜の夕方であるが、修繕作業をしている光景が数カ所で見られた。


 夕食は駅近くでラーメン。ホテルに戻って出張記録の入力をしていたところ、震度4の地震あり。


平成23年(2011年)6月19日(日)

 神奈川県からの応援職員は、避難所連絡員である神奈川県職員の案内で避難所や市内被災地を交替で視察することとした。午前中は業務の仕上げをして、午後は外出。



湊小学校の避難所入口で支援職員に届け物、その後、日和山公園に寄り、震災による火災で焼けた門脇小学校周辺や海岸部を視察し、万石浦中学校の避難所を訪問。






応援職員としばらく情報交換。その間に、夕食の配送トラックが着く。ここでは、自衛隊の風呂があるが、炊き出しはあまり行われず、配達された食事で、朝昼はコンビニで売っているようなパンや缶詰類。

16時前に市役所に戻る。夕食は魚民。被災地応援メニューがあり、該当メニュー1品につき10円が被災地の自治体に寄付されるとのこと。そのうちの1つ、八戸サイダーを注文した。

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