2002年12月 四国・山口 2日目 -安佐海岸鉄道、ごめん奈半利線、小野田線クモハ42

旅行2日目は徳島を早朝に発ち、牟岐線を南下。安佐海岸鉄道にも乗車してから室戸岬回りのバスで奈半利駅へ。開業して間もないごめん奈半利線に乗車しました。その後、瀬戸大橋線で本州に渡り、新幹線で西へ。小野田線で最後の活躍をするクモハ42に乗車しました。


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平成14年(2002年)12月22日(日)

5時起床。外はまだ暗い。前夜にコンビニで購入したカップの鮭茶漬で朝食。荷物をまとめて5時半過ぎにチェックアウト。

徳島駅は高層ホテルを併設した新しい駅ビルとなっている。昨夜早く閉まっていたみどりの窓口は、この時間から営業していた。キハ181系南風の記念オレンジカードを購入し、そのカードで甲浦までの乗車券を券売機で購入。


◎徳島 548→808 海部 海部行527D キハ47系2両編成先頭=キハ47 501

駅のホームは2面2線。橋を渡って3番線から乗車。男子高校生のグループが乗っている他は乗客少ない。

冬の西日本の夜明けは遅く、阿南に着く6時半過ぎにようやく空が明るくなり始めた。完全な夜明けは7時頃。天候は曇り。風が強いようで、ホームの幟旗が揺れている。途中で飲み物を購入しようと思ったが、交換停車する駅のホーム付近に自動販売機等は見当たらず。

時刻表の路線図では海岸沿いを走るように見えるが、実際は内陸部を走る区間が主体で、トンネルも少なくない。

牟岐で上りの特急列車と交換。この旅で初めてシャッターを切る。牟岐を出ると、時折岩場の並ぶ海岸付近を走るようになる。

海部駅は対面式ホーム。ホームの端で車掌が乗車券を回収している。甲浦までの直通乗車券を見せて線路を渡った。

◎海部 814→825 甲浦  甲浦行5527D  ASA-101単行ワンマン

ホームの自販機で紅茶を購入して乗車。乗客は7人。短いトンネルが連続し、その合間に入江が見える。

隣のボックスで2人の女子高生が地元の言葉でしゃべっている。

宍喰で5人が下車し、甲浦までの乗客は2人だった。

終点甲浦は高架線で、空中に車止めがある。駅舎はホームから階段を下りたところにあり、木造でドームのある、洒落た造り。待合室の椅子は畳張り。シャッターが下りた売店に、12月21日から1月3日まで休業のため、切符は車内で購入するようにとの張り紙が、甲浦婦人会名である。婦人会が売店と切符販売を受託しているのか。


◎甲浦駅 839→1021 田野芝入口  高知駅行  高知22か・798

バス停は比較的頻繁にある。テープの案内は、「次ぎは※※」と素っ気なく、「~です」は付けない。地元のアクセントであり、「~前」の地名は、関東では「ま」が強いが、ここではほぼ同等かどちらかと言うと「え」がやや強いように思える。

バスはゆっくり走っているように見えて、速度計を見ると50km/h以上出していることが多い。道が良いので、ゆっくり走っているように感じるのか。

波は荒く、岩場に当たった波は白く高くはじけている。時折、荒々しい奇岩群を通りながら進み、右手に空海の大きな白い立像を過ぎると室戸岬。

室戸岬を過ぎると一転して波が穏やかになる。程なくバスは海岸通りを外れ、室戸の町中の狭い道に入る。室戸営業所では、郵便ポストに手紙を投函する婦人が2人一時下車。他に何人かの老婦人が短区間利用し、バスの階段をゆっくり上り下りするのを気長に待つ。

室戸を過ぎると乗客が若干増えた。家並みも増えた。

回数券を2千円分購入。回数券の表紙の注意書きを見ると、1回3券片までに協力下さいとあるので運転手に聞くと、別に構わないとのこと。

徳島で入手したガイドマップにあった二十三士温泉への最寄りバス停を聞くと、田野芝入口とのこと。

奈半利駅で小停車。市が出ていて大変な混雑だが、バスの乗降はなし。

奈半利駅のすぐ次の田野芝入口まで2,370円。回数券と170円を入れる。

道路から少し脇にそれた所に二十三士温泉。温泉の建物の前にある説明板によると開業は新しく平成9年。地元で活動した幕末の勤王志士23人にちなんだ名称。入浴料800円(小タオル1枚貸し出し付き)内湯にはサウナやバブルジェットがあり、洗い場も広い。露天風呂も一般型と寝湯がある。休憩室もある。この時間は空いていて、男湯は平均5人以内だった。

11時過ぎに風呂から上がり、休憩後ロビーで室戸岬の海洋深層水を購入。

二十三士温泉から400mの所に浜口雄幸旧邸がある。少し足を伸ばして、門の前で記念撮影。

元来た道を引き返し、奈半利川にかかる橋を渡ると程なく奈半利駅に到着。駅前でも記念撮影。



◎奈半利 1158→1225 安芸  御免行4865D  2両編成先頭=9640-1S(H14富士重工)

  券売機では高松までの乗車券は買えるが、岡山までは窓口でも売っていない。改札はまだ開いておらず、安芸方面からの列車は駅前のデッキから撮影。列車到着後もなかなか改札を開けず、改札開始は発車1分前。

安芸までの列車は展望デッキ付き車両を2両つないでいる。海側の通路が開放型展望デッキ。車内とはドアで仕切られている。車内は横2人掛け転換クロスシート。車内の通路は山側となるが、通路にも小さな腰掛けが付いている。

車掌が乗務しており、トンネル通過時にはデッキから顔を出さないように注意を呼び掛けている。温泉入浴後歩いたので暑く、しばらくデッキで涼んでから客室内に戻った。観光客や地元の小学生がデッキで風を受けている。

◎安芸 1229→1258 御免  高知行4835D  9640-7単行ワンマン

  安芸からは快速列車で先行する。一般型の車両で、車内の半分が転換クロスシート、半分がロングシート。先程の展望デッキ付き車両と同様に車椅子対応の大型トイレが付いている。安芸駅は島式ホーム1面だが、その脇に車庫がある。奈半利からの列車が到着すると、反対側に停まっていた2両のうち、1両が奈半利方面に出発して行った。ホームの長さはぎりぎりで、ホームから両側の車両を撮影するのは困難。

  快速なので幾つかの駅は通過。波穏やかな海岸沿いを走る。新線なので高架部分が多く、速度を出しやすそう。御免町では高架下に土佐電気鉄道の路面電車が停まっているのが見えた。御免で下車。乗車券は乗務員が回収。



 御免駅のみどりの窓口で岡山までの乗車券を購入。


◎御免 1308→1527 岡山  南風14号岡山行L特急44D  2000系3両編成先頭=2122

 1号車の指定券を持っていたが、3号車の方が空いていて前方の景色も良いので、自由席1号車に座る。検札に来た車掌にその旨申告して承認を得る。

 新改はスイッチバックの駅。ちょうど下り普通列車が停まっている筈なので前方にカメラを構えるが、駅は本線からかなり左に分岐しており、正面からのフレームに入らず、撮影できなかった。いつか普通列車で訪問したい。

 車内販売が回っていたが、弁当は売り切れのようだ。2000系の特急は坂もカーブもお構いなしに高速走行する。振り子機能による揺れだけでなく、振動も少なくなく、テーブルに広げた時刻表が落ちそうになる。

 トンネルやシェルターが続く中、小歩危峡などの景勝地を通過。大歩危小歩危については車内の自動放送でも案内していた。

 琴平辺りから乗客が増えてくる。立客が出る程ではないが。丸亀付近では、右側車窓に丸亀城がそびえ立つのが見えた。ここは以前訪問した時に登っている。丸亀を出てすぐに宇多津を通過し、瀬戸大橋に入った。車内放送でも瀬戸大橋の案内がある。

 橋にかかった直後は飛ばしていたが、与島に近付いてから減速した。橋の下での騒音に配慮した措置。児島を出ると、車内で特急券の回収があった。

宇野線に合流した茶屋町からは単線区間が断続的に続く。備中三島で運転停車。オレンジと黄色の派手な塗装が施されたJR四国の113系電車と行き違い。車内は転換クロスシートに改造されていた。大元手前でしばらく減速。上下線が交換する。終点岡山で下車。



岡山駅構内の売店できびだんごと弁当(ままかり鮨)を購入。ホームに上がり、列車の到着を待つ。


◎岡山 1548→1703 小郡 ひかり381号(レールスター)博多行新幹線9381A  700系8両編成7両目7号車=車両番号不明  指定席7号車10番D席(右窓側)

 ひかりレールスターは、指定席車両のみ横4列シートであり、ゆったりした造り。ただし、車内は混んでいて大方の席が埋まっている。岡山で買ったままかり鮨を食べて昼食。

 広島で隣の席が空いた。弁当殻を捨てるついでに車内散歩。列車時刻等をタッチパネル画面で検索する「旅指南」が3号車と7号車にある。7号車のものは故障中だったので、3号車まで行き、少し試す。宿泊情報はないが、駅構内の情報があり、乗り換えの際の参考になる。

 車両の番号をメモしようとしたが、デッキには番号の記載はなかった。

 夕刻の山陽路を飛ばす。トンネルの合間に、夕日の照らす山地が映える。しかし、高速走行の代わりに揺れも激しい。

 小郡で下車。700系は他の車両と比べてホームとの間のドアが広いように見えた。

 乗り換え改札を経て、6番線に移動。列車は既に到着している。


◎小郡 1708→1732 小野田  下関行5353M  115系4両編成2両目=モハ114-2025

 混雑という程ではないが、各ボックス1、2名の乗客がいる。ドア脇の座席に着席。山陽本線を下る。この季節のこの時間、神奈川では既に暗くなっているが、西日本のここでは太陽がもうじき沈むところであり、小郡乗車時点ではまだ明るい。

 車内からi-modeでホテル検索。当日予約プランを見ると、昨夜書店で調べて目を付けていたホテルメディア宇部が載っていたので、予約操作をした。i-modeでホテルを予約したのは初めてだ。


◎小野田 1737→1751 雀田  宇部新川行1238M  クモハ123-2単行ワンマン

  ロングシートの座席は半分以上埋まっている。外はだいぶ暗くなり、遠くの空に夕焼けが少し見える。長門本山に着く頃には完全に日が暮れていそうだ。


◎雀田 1802→1807 長門本山  長門本山行1329M クモハ42001単行ワンマン

 ニスを塗った本物の木で作られた内装、小窓とボックスシートが並んだ室内、麻?の網で組まれた網棚など、半世紀ほどタイムスリップしたような車内だ。室内灯は蛍光灯に代わっているが。

 宇部新川方面からの乗り換え客を合わせて20人以上の乗客のうち、半分くらいは鉄道マニアの人。運転手が希望者に乗車証明書を配布。車内には雑記帳のノートが掛けられている。

やがて発車時刻となり、運転手がはっきりと「出発進行!」と唱えると、クモハ42は釣り掛けモーターの音を響かせて発車した。沿線の住宅の明かりの他は真っ暗闇の中を走り、やがて長門本山に到着した。




折り返しの間、乗客達は写真を撮るなどしながら思い思いに過ごす。 運転席後ろに、クモハ42の解説が記されているが、それによるとクモハ42は戦前・戦中には京阪神地区で活躍したが、戦後の一時期には京阪神に80系が入ったことに伴い横須賀線に転属していたとのこと。クモハ42001は昭和25年9月27日付で宮原から田町電車区に移管し、その後26年3月7日付けで伊東支区、32年3月6日に広島宇部に転属した。同型車両で、もっと長く田町に配属されていたものもあったようだ。この系列が横須賀線と縁があるとは知らなかった。


◎長門本山 1835→1923 宇部新川  宇部新川行1242M  クモハ42001単行ワンマン

車内で走行音を録音しているおじさんがいる。この形式だけでなく、釣り掛けモーター自体が貴重な存在になっている。運転手は発車5分前から順次確認作業を、声を出して行っている。



雀田で長時間停車。この間に小野田線は上下線とも接続列車が通ったので通常の乗客は乗り換えるはずだが、10人位が残っている。終点の宇部新川まで行くのだろう。後部のドアは半自動扱いになっている。手でがらがらと開け閉めしているのだが、今時の電車では聞き慣れない音だ。

やがて発車時刻が来た。朝夕1往復だけクモハ42は宇部新川まで乗り入れる。とは言っても駅間距離が短いので、運転速度はそう速くはない。

宇部新川に到着。乗車証明書を求める乗客が数名。下車が終わると間もなく小郡方向に回送されていった。

宇部新川駅の窓口ではオレンジカードの販売があったが、クモハ42のものはない。

 暗い駅前を小郡方向に商店街に沿って歩く。数分で右側にホテルメディアウベがある。2階のフロントでチェックイン。当日予約の利用で、定価5,600円が5,400円になったようだ。307号室は3階へエレベーターで上がった目の前。鍵はオートロックではない。室内の照明等は鍵に付属のタブレットを差し込む方式。一般的なシングルルーム。

しばらく休憩してレストランのある2階に降りるが、営業していないようだ。一旦部屋に戻ってコートを着てから外出する。

大通りを過ぎて、牛丼屋に隣接してファミリーレストランのジョイフルがあった。入って夕食。食後、コンビニに寄ってから22時に部屋に戻る。23時半消灯。


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