東日本大震災の半年前に三陸方面を旅しました。3日目のこの日は、気仙沼から三陸沿いの鉄路を八戸まで北上して、十和田観光電鉄に寄ってから青森まで行きました。途中、吉里吉里で車両点検による停車、その影響による交換駅変更と接続待ちのため、陸中山田と久慈で夏祭りに出会うことができました。
平成22年(2010年)9月19日(日)
6時前に起床し、6:25頃チェックアウト。フロントの前には三陸海岸の物産が展示販売されている。港の方に少し歩くが、距離があるので、途中で引き返す。気仙沼駅周辺は入り江から奥まったところにあり、坂の上だが港を見下ろすことはできない。
◎気仙沼 6:53→8:02 盛 盛行323D キハ100系2両編成先頭=キハ100-42
三陸海岸に沿ったルートだが、しばらくは山間部を走り、海は見えない。線路際まで崖が迫り、随所に落石センサーらしい金網が立てられている。周囲が少し開けてきて、陸前高田に到着。列車行き違いのため4分停車している間に駅前を眺めたり飲み物を買ったりする。
7時半を回った脇ノ沢近くで、ようやく海が見える。静かな入り江の沖に、養殖籠のようなものが浮かんでいる。
小友でも列車行き違いで3分停車。駅構内にはコスモスが咲いている。
下船渡から深い入り江に沿って内陸側に迂回する。手前に漁船の並ぶ港、対岸にも静かな漁村の風景が広がる。少し町中に入って、大船渡。駅は片面ホーム。大船渡市内を奥に進んで、三陸鉄道の線路が右側に寄り添うと、終点の盛に到着する。
乗り継ぎに時間があるため、駅の周辺を散歩。駅前には「三陸鉄道ここに始まる」の石碑。跨線橋に登ると駅全体が見渡せる。陸前赤崎方には三陸鉄道の車庫。一般車両に交じって、タラコ色のキハ20?がある。
反対側には岩手開発鉄道の車庫も見える。側線には岩手開発鉄道のホッパー車が止まっているが、機関車は見えない。
駅の反対側に回ると、かつて旅客営業していた岩手開発鉄道のホームが残っている。その近くに岩手開発鉄道の本社らしき2階建の建物があるが、その駐車場ではタイヤの展示即売会が準備されていた。駅周囲にスーパーなどもあるが、この時間はまだ静まり返っている。
◎盛 8:52→12:44(13:43) 久慈 久慈行5209D→5641D→5111D(→113Dに変更) 三陸鉄道36型2両編成先頭=36-209
一般型の車両で、ドア付近がロングシート、中間部はボックスシート。トイレと飲み物自販機がある。アテンダントが乗務し、切符の確認や発券を行っている。岩手開発鉄道の赤崎線をオーバークロスしてしばらく山中を走るが、間もなく三陸海岸に出る。隣のボックスには地元のおばあさんが地元の言葉で話し込んでいる。
吉浜までは旧国鉄盛線。この先の釜石までは昭和59年(1984年)に三陸鉄道として開業した区間。ただ、盛線の区間も開通時期が昭和45年から48年と比較的新しいので、トンネルの多さについては差がない。トンネルやその周囲では携帯は圏外。トンネルの合間に田と海岸が見える。三陸駅ではホームに大漁旗が掲げられている。
平田で運転士が後ろの車両へ行って何か操作をしていたが、何の操作かは分からず。次の釜石で南リアス線の区間は終わる。乗客の入れ替わりはあったが、常時3~4割程度の席は埋まっていた。製鉄所などを見ながら赤い鉄橋を複雑に渡り、釜石に到着。
釜石では7分停車して乗務員がJRの職員に交替。下車するアテンダントの撮影をしている人がいた。乗客も半分程度入れ替わったようだ。
釜石からはトンネルが減り、切り通しを介した峠越えが中心になる。盛駅の窓口で購入した「三鉄赤字せんべい」を開けて食べる。甘みと柔らかさから、せんべいというよりもビスケットのようなものだが、胡麻と青海苔の味も効いていて、悪くない。
大槌で5分停車。快速「はまゆり」と交換。「はまゆり」は2両編成のうち1両が回転クロスシートのキハ110。
吉里吉里の手前から、エアの吹き出すような音が続き、吉里吉里で点検のため停車。小雨の中、運転士と車掌が業務用の携帯電話でどこかに連絡を取って確認している。運転士の言葉も東北弁。車両は三陸鉄道で乗務員はJRなので、余計手間取りそうだ。車両備え付けのマニュアルを開いて点検している。停車している間に、吉里吉里の駅名坂で記念撮影をしている人が数人。ここは、今年亡くなった井上ひさしの小説「吉里吉里人」のモデルになった地名。
10:30頃にエア漏れが止まり、ブレーキテストやエンジン負荷テストなどを行っていた。圧力計の表示は正常値を示しているようだ。再び運転士と車掌がそれぞれ無線や携帯電話で連絡を取っている。連絡が終わったようで、10:43に吉里吉里を発車。ちょうど30分遅れ。
車掌は運転再開後、吉里吉里などからの乗客に切符を発売している。その合間に停車した織笠駅前の川では、小雨にも拘わらず釣りをしている人が数人いた。
有人駅の陸中山田では、まとまった数の乗客が入れ替わる。ここで運行指令の無線が入り、対向列車との交換駅を陸中山田に変更するとの指示と、上り本線への着線変更が通知される。ここで15分くらいの停車か。
その間、駅前を散歩することにして列車を下りると、跨線橋の上から、近くの広場で屋台が出ているのが見えた。祭りの日らしい。駅前の写真を撮ってから屋台の方へ行く。列車遅れの状況から、宮古で駅弁を買う時間が無いかも知れないので、屋台で500円のお好み焼きを買い、車内に持ち込んで食べた。容器を駅のごみ箱に捨てに行ったところで、ようやく対向列車が接近した。
11:25に対向列車が到着。盛行の三陸鉄道の車両で、2011年7月の地上デジタル放送完全移行の宣伝を車両全体にペイントしている。52分遅れで11:26発車。この期に及んで主な駅の所定到着時刻の案内があった。宮古から先は三陸鉄道に入るとの案内があったので、運行の途中打切りは無さそうだ。時刻表を見ると、宮古までは交換列車は無いので、この先はひた走るのだろう。
陸中山田を出るとまた山中に分け入る。峠を越えて少し開けると豊間根。その先の津軽石辺りで海岸に近づく。津波対策の高い防潮堤の脇を登り、また山中へ。有人の交換駅である津軽石からはまとまった乗車があり、自分のいるボックスにも地元の人が1人乗車。1時間くらい待ったそうだ。
磯鶏駅の左手には静態保存のSLが見える。車番は9625。宮古の手前で場内停止信号。運転士が指令と連絡をとっている。この5641Dの、上り本線への着線変更の指示が聞こえる。変更指令のための停止信号か。その後も何やらやり取りした後「それでは信号変えます」が聞こえた。およそ2分の停車で運転再開。2番線への到着変更で出口左側の案内放送。宮古から三陸鉄道に入り、準備出来次第発車とのこと。
宮古の配線は2面3線。他に数本の側線があり、キハ100系が2編成止まっている。ホームはすべて空いていたのにわざわざ着線変更とはなぜだろうか。
宮古で再び三陸鉄道の運転士に交代。「聞いてると思うけど~」と簡潔に吉里吉里での不具合箇所を報告している様子。
ここからはワンマン運転のようだ。宮古12:12発の案内があった。駅弁を買いに行く時間はありそうだが、お好み焼きを食べたばかりなのでやめておく。
運転席の時刻表には12:12発の113D列車の表示。宮古で直通する時に列車番号が変わる時に、5111Dの予定を次発の113D に変えたようだ。発車後の車内放送では、宮古を12:12に「定刻に」発車したとの案内。車両故障による遅れは仕方ないとしても、「定刻」と言われると何か開き直られたようで気に入らない。
田老を出て4つ目のトンネルが三陸鉄道で最も長い真崎トンネル(6532m)との案内。長いトンネルとの温度差のせいか、トンネルを出ると窓が曇っている。
1時間後の列車に振り替えられた案内はないが、小本から龍泉洞へのバスや島越からの観光船の時刻の案内は行われている。田野畑で臨時列車との交換待ちの際に念のため接続を問い合わせようとしたが、運転士は接触を避けるようにトイレへ。戻ってきたころには発車時刻なので声かけを諦める。
陸中野田ではまとまった乗車があった。陸中宇部でも10人程度の乗車がある。座席の7割程度が埋まったようだ。同じボックスにも地元のおじさん2人が入り、地元の言葉で話している。
普代からは旧国鉄久慈線の区間。昭和50年(1975年)開通の比較的新しい区間。三陸鉄道として開通した区間ほどではないが、多少のトンネルがある。列車は113Dのダイヤに合わせて13:43に久慈に到着した。
次の八戸行には1時間くらいあるので、三陸の海の幸を探したが見当たらず。駅裏のつぼ八でそれらしきメニューを掲げていたので入ろうとしたが、この時間は営業していないようだ。
表口に戻って少し通りを歩くと、祭りで何か行列が通るらしく、沿道に多くの人が待機している。様子を見ていると、消防団を先頭に神官や稚児の一団などが通った後、道幅いっぱいの巨大な山車が引かれて来る。時折止まって折り畳み式の山車を広げたり閉じたりといったパフォーマンスをして沿道を沸かせると、「よーずよいさー」の掛け声で進んで行った。
山車は町内会毎にあるのか、何台か続いているようだった。列車が遅れた結果、珍しいものを見ることができた。次の列車の時間が近づいたので、駅に戻る。◎久慈 14:46→16:44 八戸 八戸行448D キハ40系3両編成先頭=キハ40 557
既に海側のボックスには人がいるので、先頭のロング部分に座った。久慈を発車後、しばらくは山道を走る。キハ100系などよりエンジンのパワーが小さいため、速度はあまり上がらない。上り坂では40km/hを下回る。今や珍しくなった非冷房車で、窓は開けられ、扇風機が稼働している。
峠道を越えて陸中中野からは海沿いのルートに出る。三陸鉄道沿線と比べて海岸が入り組んでおらず、開通時期も古いので、トンネルが少なくかつ海岸の近くを通るので景色を楽しみやすい。
陸中八木は7年半前に撮影に降りたことがある。当時の八戸線にはタブレット閉塞と腕木式信号機が残っていて、交換駅である陸中八木にも駅員がいたが、現在は無人化され、駅舎も新しく小さなものに建て替られていた。
階上(はしかみ)で上下交換のため7分停車。この駅も無人化されているが、駅舎は以前のまま。かつて使われていた腕木式信号機が駅前広場に展示されている。
信号操作レバーもあるが、その周囲は鎖で囲われ、操作することはできない。飲み物を買って列車に戻る時に見ると、海側の2人掛け半ボックスが空いていたので、そちらに移った。ただし、窓が小さい。
高架駅の本八戸からはまとまった数の乗車があったが、それでも座席の半分程度か。馬渕川の鉄橋で八戸臨海鉄道の鉄橋も近づき、渡り終えたところで合流。八戸の市街地を抜けたようなところで側線が増え、八戸駅に到着。八戸臨海鉄道の機関車が貨車を押していた。
八戸に着くと、ホームの反対側に向けてカメラを向けている人がいる。ちょうどスーパー白鳥が入るところ。新幹線が新青森まで開業すると見られなくなる光景。在来線が青い森鉄道に移管するので、駅名標の表示ももうすぐ変わる。さらに向こうにはタラコ色に戻されたキハ40が止まっていた。乗換通路には、定期券の順次発行停止の案内が掲示されている。八戸と青森の間がJRでなくなるのに伴うもので、移管まで3カ月を切った現時点で、3カ月定期の発行を終了している。
◎八戸 17:13→17:33 三沢 青森行577M 701系2両編成後車=クハ700-1006
ロングシート2両編成で、車掌が乗務している。八戸線から乗り換えて来るとスピードが感じられる。夕暮れには早いが、曇っているせいか暗く感じる。車内と車外の気温差のためか、窓も曇っている。
三沢で多数の乗客と入れ替わりに下車。三沢駅は橋上駅舎で、改札を出て右方向に階段を下りてから、八戸方に下がったところに電車・バス乗場がある。いったん止んでいた雨が少し強くなった。乗り換え経路の一部は屋根がない。十和田観光鉄道の三沢駅は、構内にうどん屋があり、独特の匂いがこもる。
◎三沢 17:40→18:07 十和田市 十和田市行 2両編成先頭=7901
元東急の車両。三沢駅をゆっくりと発車し、少し経ってから加速。それでものんびりとした走り。VVVFインバータ制御で、ローカル私鉄には場違いな気もする。踏み切りの音が昔風の「チリンチリン」と鳴るもので、それとのギャップもある。
七百で上下列車の交換。外はだいぶ暗くなった。スプリング式のポイントをゆっくり通過してから加速。工業高校前付近の踏切は、他と異なる、甲高い電子音だった。ひがし野団地の踏切は、一般に聞かれる音。
ひがし野団地を過ぎると次は終点の十和田市。多くの区間で、両側に幹線道路が通っていた。
十和田市のホームから屋根の付いた歩道橋で道路を渡った先に改札があり、ここが駅ビルの2階に当たる。駅ビルには旅行代理店や小さなゲームコーナー、うどん屋、銀行ATMコーナー、土産物店、バス乗場がある。他に、シャッターが閉まっている店も幾つかある。周辺には、K's電気や Hard Off、パチンコ店などの郊外型店舗があるが、雨なので行く気はしない。
電車乗場の待合所には、記念切符などが展示されている。平成14年発行のものは「ATS付ステンレス車導入記念」とある。それまではATSが無かったのだろうか。JTB時刻表8月号が置いてあったので、投稿コーナー「グッたいむ」を眺めていると、5月から弘南鉄道で1日乗車券「大黒様きっぷ」が発売されたとの記事がある。携帯で詳細を調べると、弘南線と大鰐線の両方で使えて1,000円。それぞれの片道運賃は450円と420円だから、一方を片道、一方を往復乗れば元がとれる。
十和田市駅には券売機があるが、窓口で硬券乗車券を買おうとして1万円札を出したら両替され、券売機の利用を案内された。
◎十和田市 18:43→19:09 三沢 三沢行 同編成先頭=7701
同じ編成で折り返す。上り列車だが、途中の乗降はほとんど無く、静まり返っている。三沢到着時の乗客は2両合わせて6名。ロングシートに半分横になって寝ている人もいる。
◎三沢 19:15→20:00 青森 スーパー白鳥25号 函館行特急4025M 789系6両編成 3号車=サハ789-101
この区間の在来線特急は、今回で乗り納めかも知れない。三沢を発車して間もなくNREの車内販売の案内があるが今回も販売メニューに、横浜のシウマイ、仙台の笹カマボコが含まれている。スーパー白鳥の車内で横浜のシウマイを買うのはどのような人なのだろう。
放送の後、検札が回って来る。全員の分を見ているようなので、八戸発車時点ではまだ回っていなかったのかも知れない。その後、車内販売も巡回した。これが通り過ぎると車内は静寂になった。
デッキで車両番号を確認したら、サハだった。自由席にサハを充当しているのは珍しいと思う。
野辺地で下車する人も多い。大湊線の列車と、大湊からきて青森に向かう快速への接続があり、跨線橋を慌ただしく上っている。
この後は青森まで30分近く止まらない。モーター音も無く、時折エアセクション区間のためか空調が一時停止すると極めて静か。日も暮れているので、車内の「The JR Hokkaido」誌を読んで過ごす。
青森で下車。下車客は多いが、ここから函館に向けて乗車する人も多い。青森駅は改装工事中で、改札脇の待合室は閉鎖されていた。駅前も何やら工事をしている。
青森駅前通りを右折してしばらく南下して、青森センターホテルに到着した。建物はすぐに分かるが、入ってから2階にあるフロントまでの通路は複雑だった。チェックインして、併設する温泉施設への案内チラシなどを渡される。3階の1311号室に入室。
時間も遅いので、荷物を置いて間もなく駅方面に行き、駅近くの大黒寿司に入った。特上にぎり2,000円を注文。少し待つとカウンターに次々と寿司が並べられた。板前の人が他の店員に指示を出す言葉はかなり訛りがある。
食べ終わってホテルに戻る。5階にあるコインランドリーを回している間にさっと温泉センターに行き入浴。一旦出て乾燥機を回している間に温泉センターのマッサージ処に行くが22:30の受付終了時刻を待たずに予約受付が終了していた。止むなく温泉センターを出て、フロント脇のパソコンでしばらくインターネットを閲覧した後、乾燥機から衣類を回収して部屋に戻った。
翌日のプランを検討。大館13:49発の花輪線で盛岡に出ることを前提に弘南鉄道を回るルートを考えたが、JRとの接続が悪すぎ、大黒様きっぷで全線回るためには青森を7時にはでないといけないので、今回は見送り、八甲田丸を見学してからゆっくりと青森を出ることにした。