2011年6月に、東日本大震災被災自治体の業務応援のため、宮城県石巻市に2週間出張しました。震災から3か月の当時、東北新幹線は全線運転再開していましたが、橋脚や路盤の補強工事中で徐行区間が多く、通常よりも1時間ほど長くかかる暫定ダイヤでした。石巻への鉄路は震災以後不通で代行バスによる連絡が続いていましたが、出張の直前に石巻線が石巻まで復旧したので、東北新幹線で古川まで行って陸羽東線と石巻線で石巻に入りました。
平成23年(2011年)6月6日(月)
5時半に起床。6月なので、この時間でも既に明るい。
◎東逗子 6:35→7:45 東京 津田沼行654S E217系11→15両編成 5号車=サロE217-40
階下席には頭上の棚が無いので、右側一番後ろの席を取り、席の後ろに大きな荷物を収納。
東逗子発車時点で階下席の乗客は2名だったが、順次乗車してくる。保土ケ谷を発車した時に車室内を見ると、全ての席に、利用中を示す緑色の表示が点灯していて、満席。階段付近に立客もいる。外は明るいが、薄く曇っているようで、ランドマークタワーが霞んで見える。
◎東京 8:12→10:38 古川 はやて203号 盛岡行8203B E2+E3系16両編成 14号車=E328-26
ホームに上がって程なく列車が入線したが、先に車内清掃が行われ、乗車開始は8:08だった。
8:12定刻発車。前方はこまち編成を使っている。14号車の右窓側最後部に位置する1A席に着席。荷物が大きいので、この席ならば場合によっては後ろに置くことができる。隣は空席。東京から乗車する前と大宮到着前にえきねっとで調べたが、その時点で隣の席は売れていない。携帯で見るシートマップ上は、14号車の68席中36席が売れているので、乗車率は53%ということになる。車内を眺めたところ、実乗も同じくらい。
那須塩原を通過した頃から、列車の速度が低下した。東日本大震災の後、東北新幹線は4月29日に全線での運転を再開したが、橋脚や路盤の補強工事が途中であり、速度規制区間があることから、徐行を見込んだ暫定ダイヤとなっている。例えば東京・青森間の最速「はやぶさ」の場合、通常ダイヤで3時間5分のところ、1時間ほど長くかかる。7月9日からは徐行区間が縮小され、通常ダイヤとの差は30分程度になるらしい。新白河を過ぎるとさらに速度が落ちた感がある。
携帯電話が、なぜか圏外表示のままである。徐行とは言っても区間により速度は異なる。福島付近はやや低速だったが、白石蔵王付近ではだいぶ速度を上げていた。仙台に近づき、家並みが増える。新幹線の車窓からは、震災の爪痕は判別できないが、長町駅近くに仮設住宅が広がっていた。確か、仙台副都心の再開発をしている敷地だったと思う。
仙台駅では、上りホームの中程で、天井の仕上げが無く、鉄骨の枠組みが出ている箇所がある。仙台を出てしばらく、短時間ながら、これまで以上に速度を落とす区間があった。左手に並行する貨物列車をゆっくり追い越す。しばらくすると、少し速度を上げた。
古川到着時には早めに減速していたように思うが、通常の減速か徐行によるものかは区別がつかなかった。
ホームから通路に降り、新幹線の改札を出て横に陸羽東線の改札がある。土産物店は改札外にある。
◎古川 10:50→11:03 小牛田 小牛田行1730D 2両編成後車=キハ110-245
上下列車同時到着のダイヤだが、先発する予定のこの列車が後から到着し、約2分遅れで発車。車内は半分以上の席が埋まり、立客もいる。
のどかな田園風景の中を小牛田まで短時間乗車。放射能汚染の心配はここまでは無いようで、田植えがされていた。
◎小牛田 11:08→11:47 石巻 石巻行7635D キハ48系2両編成先頭=キハ48 1533
小牛田駅裏に広がる分譲地には、昨年通った時と比べて住宅の戸数が増えているようだった。
小牛田を出ると引き続き田園風景の中を進む。植えられたばかりと思われる苗が、水田から顔を出している。
涌谷で3分停車して上下列車交換。反対側には下校中の高校生の集団。復旧後の石巻線がスタフ閉塞で運転しているという情報があり、運転席の時刻表を見ると、鹿又と石巻の間に赤い●印が付いている。この区間がスタフ閉塞のようだ。
鹿又でスタフ授受の風景を撮ろうと思い、左側の空席に移り窓を開けたが、通学の高校生が多数乗車してくる様子だったので撮影を諦めて席に戻った。石巻駅付近でも水田には田植えがされ、線路周辺では家屋の被害状況も分からない。
石巻到着時にバス代行ありとの案内があるが、時刻は駅で問い合わせをとのこと。仙石線の線路は錆びている。
石巻駅舎は震災による損傷は無さそうに見える。石巻は漫画家石ノ森章太郎の出身地であることから、石ノ森章太郎作品のキャラクターのオブジェが点在している。
携帯電話が相変わらず圏外なので、駅前の交番でドコモショップの場所を聞き、徒歩10分余りかけて仮店舗に行く。幸い先客は無く、すぐ受付してもらえた。すると、端末の故障ではなく、今朝から関東地方で契約している一部の番号についてネットワーク障害が出ていて、この番号も該当していることが分かった。ネットワークが回復すれば通話可能になるようなので、了解して引き返す。
歩道はガタガタに傾いている。後で聞いたところ、この辺りは津波の影響で1mくらい浸水したとのこと。市役所裏の交差点は信号機が消灯していて、警官が手信号で交通整理をしていた。
市役所裏の蕎麦屋に入るが満席。姫路市などのゼッケンをつけた人達がいた。駅構内にコンビニがあったので、そこで昼を買おうと思ったら、コンビニの脇に喫茶店があり、空席があったので、そこでピザトーストセット(580円)を注文して一息ついた。
隣の席での会話で、津波で亡くなった人には弔慰金が出たのに避難所でのストレス死には出ないとして、市長の悪口が聞こえた。
食事と会計を終えて、駅前の石巻市役所へ。廃業したデパートの無償譲渡を受けて改装し、平成22年3月後半に現在の場所に移転したもの。震災当時、市庁舎は現在の場所に移転してから1年経っていなかった。入口には各種臨時窓口の案内が貼られている。
広いホールやエスカレーターもあり、市役所らしからぬ洒落た内装だが、市民ホール等を除くと窓がほとんど無い。特に立体駐車場側は窓がない。そのため、節電が必要でも照明を減らすことは困難。鉄骨造という構造のためか、OA床の関係か、床が揺れやすい。
市庁舎1階には店舗が数店のほか、住民票の自動交付機があり、店舗の一部は再開しているが、自動交付機は浸水による故障で休止中のまま。南北に階段があるが、北側(駅側)の階段室は6階天井が崩落したので、4階までしか使えない。一般市民が5階に行く手段は、南階段と北側エレベーターのみ。エレベーターも、2台のうち1台が休止中。
6階の市民ホールは地震で大きく損傷したとのことで、解体工事中。そのため、頻繁に大きな音と振動が発生している。工事による揺れと余震との区別がつきにくい。
13時に神奈川県からの他のメンバーとともに業務内容の説明を受けた。担当することになった某窓口で業務を短時間見学する間に前任者の出発時刻が近づく。すぐ本格的に業務が始まった。
宿泊施設が遠いため自転車を借りることができたが、この日は荷物が多いので、タクシーで宿へ移動。管理人が常駐していないので、予約センターに連絡して来てもらいチェックイン。夕食は同宿のメンバーと和食レストラン。