2010年09月 三陸方面 4日目 - 八甲田丸、花輪線

 三陸旅行の最終日は青森で連絡船記念艦「八甲田丸」を見学してから大館に回って花輪線経由で盛岡に行き、夕食後に新幹線で帰りました。

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平成22年(2010年)9月20日(月祝)

 6時半ころに目が覚める。近くの部屋で、朝から音楽を流して歌っている女性の声がする。7時半から入浴、8時半から朝食。いずれも別棟の「まちなか温泉」だが、宿泊者用の連絡通路でつながっている。9時半頃にチェックアウトして、青森駅方面に向かう。

 青森駅前を線路に沿って岸壁の方向に歩くと、青森ベイブリッジの下に、メモリアルシップ「八甲田丸」が係留されている。乗船口への通路は、かつての連絡船乗り換え通路の一部が転用されているが、駅ホームとの出入口は閉鎖されており、駅の敷地外に上り口ができている。

 乗船口を入ったところに切符売場兼売店があり、ここで500円の乗船券を買って入場。企画展として補助汽船の紹介があった。これまで知らなかったが、連絡船の円滑な出入港のための牽引や後押し、浮遊障害物の除去、港湾設備の管理、交替乗務員の輸送などを任務としていたという。

 その後、常設展として、ビデオ放映や連絡船の模型を含む歴史紹介がある。鉄道連絡船以前の航路、明治41年(1908年)の比羅夫丸と田村丸に始まる青函連絡船、空襲による被害、洞爺丸台風の惨事から、津軽丸形(八甲田丸も含む)に至る経緯が分かる。昭和天皇が北海道行幸にあたり洞爺丸に乗船されてから洞爺丸台風まで2カ月もなかったことを初めて知った。展示ルームの先には、船長室や事務長室(意外と質素)、グリーン座席が置かれ、それを過ぎると操舵室のあるブリッジ、甲板上に煙突展望台がある。天候は概ね晴れているので、龍飛岬辺りまで見える。ブリッジからエレベーターで下りると車両甲板、エンジンルームなどを見ることができる。 



 速足で一通り見て下船後、周辺を散歩。八甲田丸の近くには「津軽海峡冬景色」の歌碑があり、繰り返し石川さゆりの歌声が流されている。

 戻りは、連絡橋をそのまま西へ進み、青森駅を見渡してから、青森マリーナの横を通って、青森駅西口まで歩く。駅ビルやバスターミナルもあって栄えている東口に比べ、最近になってできた様子の西口はこじんまりとしている。特に店もなく、駅前広場は月極め駐車場となっている。それでも、みどりの窓口が有人改札と兼ねて設置されている。


◎青森 11:16→12:04 弘前 弘前行648M 3両編成先頭=クハ700-1

 9月17日から新青森駅2番線の運用開始のポスター。

 車両は701系のトップナンバー編成。研修のためか、運転席には運転士のほかに3人が所狭しに立ち、一斉に信号喚呼などを行っている。ゆっくりと青森を発車し、右に分岐。3線区間を少し走り、青森信号所からの線と合流後、津軽線が別れて行き単線区間となる。

 林の先に見えてきた新幹線駅舎はすでに威容を見せている。付帯工事はまだ残っているようだ。新青森駅西口駐車場ができているようだが、他は空き地が目立つ。

 津軽新城で特急「つがる」、次の津軽坂では特急「かもしか」と行き違い。いずれも停車時間は短い。浪岡ではEF81牽引の貨物列車と交換。

 黄色く色付いた田や刈り取りの終わった田の間を走り、稲穂を狙う鳥が列車の音に驚いて避けて行く。リンゴ畑も少し見える。川部から複線区間になり、弘前市街に近づくと、田畑は遠のいた。

 弘前駅周辺を散歩。駅ビルでリンゴジュースとおにぎりを購入。早めにホームへ行き、入ってきた車内で昼食。東北新幹線新青森開業までのカウントダウン表示があった。

◎弘前 12:46→13:28 大館 秋田行1654M 701系3両編成先頭=クハ700-101

 リゾートしらかみ(くまげら編成)の到着に接続して定時発車。弘前を出ると再び単線区間となる。弘南鉄道大鰐線の高架がオーバークロスしていく。弘南鉄道大鰐駅と隣接する大鰐温泉での下車客があり、車内は少し空く。ここから上り勾配となり、少しずつ山が両脇から迫ってくる。先程まで晴れていた空も、雲が目立ってきた。

 長峰からまた複線。山に囲まれた土地に、田やリンゴ畑が広がる。碇ヶ関は山間ながら町並みがあり、線路脇まで建物が並ぶ。しかし、碇ヶ関からしばらく走ると田畑も途絶え、無人の津軽湯の沢駅前には林だけがある。津軽湯の沢を出てすぐに県境の矢立トンネル。

 秋田県側に出て、以前に日景温泉に行く時に利用した陣場の周辺に家が少しある。その後は何も無い山間部で、杉が整然と立ち並ぶ山林が広がるが、高度を下げるに従って田畑も現れてきた。大館付近では、山以外にも沿線に林が多いようだった。

◎大館 13:49→16:41 盛岡 盛岡行1932D キハ110系2両編成先頭→後車=キハ111-116

 大館を発車すると一旦盛岡とは逆方向の右へ分岐し、その後に大きく左カーブで奥羽本線をオーバークロスして盛岡方面に向かう。小雨が降り出したようで、窓が濡れている。

 大館の市街地を抜け、家並みが途切れがちになり、田畑が取って代わる。稲穂で黄色く色付いた田と野菜の緑が、ほどよいコントラストになっている。それも、雨でくすんできた。ホーム上屋のない大滝温泉で下車する人が多かったが、強くなった雨脚に、傘をしっかりと握りながら、乗務員に切符を渡していた。

 十和田南の手前では橋梁の近くにカーブが連なり、30km/h制限があった。

 十和田南はスイッチバックの駅。ここで5分停車して進行方向を変える。先頭車だったのが後部になった。ホームの駅名板は、表と裏で隣の駅の表示が異なる。いずれも片方の駅だけを表示している。分岐駅のような両駅併記の表示の方が分かりやすいと思うが。ここで部活帰りらしい男子高校生が数人乗車。急な雨でずぶ濡れの様子。

 鹿角花輪で上下列車行き違いのため4分停車。この辺りまでは山並みも遠く、周囲に田畑が開けている。それが八幡平を出ると山越えのルートとなり、人家が途絶える。その中にオレンジ色のビルが忽然と現れると、湯瀬温泉。ここは委託駅員がいて、発車する乗務員に会釈をしていた。さらに山中に分け入るが、峠を1つ越えた兄畑から少し高度を下げ、周りが開けてきた。周囲の山には低い雲が絡んでいたが、雨も小降りになったようだ。

 赤坂田から安比高原まではまた峠越えで、勾配も33パーミルと、特にきつい。列車の速度もさすがに落ちるが、速度計を見ると50km/h近い値を維持している。峠の周囲には杉の林が広がり、線路脇には短く切った丸太が何ケ所かで積まれていた。この峠を越えて、松尾八幡平で2分停車して上下列車交換。この辺りから、山が遠のいてきた。

 車掌は、無人駅からの乗客に切符を発券する傍ら、時折カウンターをカチャカチャと操作しながら車内を巡回している。その時点での乗客数を数えているようだが、何度も回っていたので、区間ごとの乗客の推移を調査しているのかも知れない。車内は通し乗車の客も半分近くいるような印象だが区間乗車も少なくない。車内の乗客総数は安定して、座席の3割程度を維持しているように見える。

 好摩からいわて銀河鉄道に入るが、乗務員はそのまま継続している。乗客の乗り降りもあまりいなかったようだ。幹線の線路で、ディーゼル車も結構飛ばす。雨は止み、日が照っている。


 土産物を購入する前に早めの夕食として、盛岡駅東口駅前の蕎麦屋「東屋」でわんこそばに挑む。確か、10年以上前に写真サークルの撮影旅行の帰りに寄った店と同じだ。3,150円のコースで、刺身や鳥そぼろなど、薬味も豊富。前回は84杯だったと思うが、これから新幹線で帰ることもあり、今回は少し押さえ気味に67杯で止めた。15杯で通常のざる蕎麦1枚分、男性の平均は50~60杯という。わんこそば自体は、テンポよく入れられるので、15分くらいでおなか一杯になる。その後に小さなデザートが出るので、食休みはできる。見ていると、1人での来店も少なくない。

 食べ終わってから、えきネットで指定席を予約。ビューカードのポイントによるグリーン利用券があるので、土産物購入時間を考えて1時間後くらいの列車を検索するが満席。結局2時間近く後のはやて30号になった。買う物の目星をつけてから、フェザンの2階奥にある「てもみん」で、40分コースのマッサージを受けた。

 駅の窓口で、予約した指定券の購入、その後に窓口近くの売店で土産物を購入。職場用に「かもめのたまごミニ」、自宅用に秋限定の「栗かもめのたまご」と小岩井のチーズを買った。岩手というと南部せんべいも有名だが、「かもめのたまご」は、製造元が大船渡市なので、三陸土産と言える。駅ビルの書店で時間をつぶしてから改札へ。自動改札には、スリーデーパス、VG特急券、指定券の3枚を一度に通す。


◎盛岡 19:41→22:08 東京 はやて30号 東京行新幹線3030B E2+E3系16両編成 9号車=E215-28

 通路側には先客があったので、恐縮しながら窓側に着席。1分遅れで発車。指定券を含めて自動改札に通しているので、車内改札は行われない。新花巻を過ぎるころ、グリーンアテンダントが来て、おしぼりと飲み物のサービス。紅茶を飲みながら旅行記録をまとめる。

 座席にはフットレストがある。座席の間隔が普通車よりも広いためか、テーブルは座席背面ではなく肘置き収納になっている。足元は通路も含めてカーペット敷き。仙台到着前にアテンダントが巡回し、紙コップなどを回収。引き続き旅行記録のまとめや仮眠をして過ごす。21:10頃に那須塩原を通過する際に減速していて、駅名標が読み取れた。しかし、すぐに再加速して巡行速度に戻った。大宮の到着は定時。減速は予定どおりだったのか。上野では隣のホームにE2+E3の回送列車が止まっていた。夜も更けてきている。


◎東京 22:19→23:32 東逗子 久里浜行2231S E217系15両編成 5号車=サロE217-27

 武蔵小杉で、新幹線の下り線を回送が通過して行った。三島の車庫まで行くのだろうか、それとも翌朝新横浜始発のひかり493号になるのだろうか。車種までは見えなかった。大船を過ぎて再度グリーンアテンダントが巡回するが、後に警備員が付いていた。

 東逗子駅からタクシーで帰宅。  

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