2010年12月 青森 後編 - 上り寝台特急「あけぼの」ソロ

 東北新幹線新青森開業初日乗車の帰りには寝台特急「あけぼの」のソロを利用しました。途中、強風などの影響で20分余りの遅延がありましたが、夜のうちに回復して上野定時到着でした。 


平成22年(2010年)12月4日(土)(続き)

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◎青森 17:20→17:25 新青森  弘前行674M   7013両編成先頭=クハ700-4

新青森まで先行し、駅ビル内で土産物を買い、夕食を仕入れる。 吹きさらしのホームで「あけぼの」を待つ。

◎新青森 18:33→6:58 上野 あけぼの 上野行寝台特急2022  ?→EF64 1032 + 249両編成  =オハネ24 551

  新青森を13分遅れの18:46に発車。18:52に低速通過した新城には、ホームの向かい側にスーパー白鳥が退避している。新青森のホームが1面2線しかなく、新青森折り返しの列車が少なくないので、特にダイヤ混乱時は大変だろう。せめて折り返し用にもう1線あっても良さそうだが、5年後に新幹線が新函館まで開業すれば白鳥などの北海道連絡列車が無くなるので、設備を最低限にしたのだろうか。乗換改札も、八戸と比べて大差ない規模であったし。



車内改札が回って来たのは19:17頃で、川部を通過した辺り。程なく弘前到着の案内。ゴロンとシートを連結していることや、羽後本荘まで指定席特急券での乗車が可能であることから、秋田行普通列車や五能線への乗り換え案内もしている。弘前は19:2219:23発で、20分遅れ。

しばらく室内灯を消して外を眺めると、雲の間に星が見える。弘南鉄道大鰐線の単線電化の高架橋がオーバークロスするのが見え、大鰐温泉まで少し離れて並走。遠くの踏切が点滅しているのが確認でき、やがて列車の明かりが弘前方面に流れて行った。大鰐のホームには消灯した元東急7000系の車両が滞泊している。

大鰐温泉や碇ヶ関は停車時間が短い。ドアが開いている時間が10秒を切る駅もあった。もっとも、客車なのでドアが閉まった後で車掌から機関士へ無線で発車合図を送るため、停車している時間は30秒近くなる。碇ヶ関を出てから夕食。新青森で買った大間丼を開ける。量は思ったよりも少なめ。脂が載っていて味は良いが、筋が多かった。ブランド物の大間マグロで2,300円なので、まあこんなものか。

秋田で車掌が交代。21:4421:46発で23分遅れ。これから回送となるのか、秋田行の表示を出した「こまち」が前照灯を点灯している。線路に面したホリディスポーツクラブでは、何十人かの人がこちらを向いてルームランナーを漕いでいる。秋田で発車後の放送をもって夜の車内放送は終了。

先程携帯で運行情報を確認した際、5時間先行する「いなほ14号」の遅れ、そして今確認した運行情報では、羽越本線の酒田以北で強風による遅れがあり、酒田以南では平常運転とある。仮に酒田までに徐行区間があっても大幅には遅れないだろう。早目に寝入り、一旦目覚めたのは新発田発着01:29で、22分遅れ。

 

平成22年(2010年)12月5日(日)

連続してカーブを通過する感覚が寝ていても感じられる。上越のループ線のようだ。5時過ぎに短時間停車したところで外を見ると湘南新宿ラインの電車が見える。少し動くと新前橋の駅名標。遅れは回復したようだ。高崎には2分遅れの5:14に到着。6分の停車時間を4分に短縮して定刻発車。外はまだ暗い。

もうしばらく休む。6時を過ぎて再開した車内放送が定時運行中と告げる。大宮を発車してから朝食。


上野には定刻より10秒余り早い到着となった。先頭の機関車などを眺め、最後部にも回る。最後部では推進運転のためブレーキ装置を付けて、ブレーキテストをしている。若干の勾配のためか、緩めの際に客車が僅かに下り方に動いていた。日中の回送のためか、前照灯は付けないようだ。

◎上野 7:20→ 東京 山手線外回り E23111両編成最後11号車=クハE231-550

京浜東北線の大船行が先に来ていたが、混んでいたので山手線に変更。

 

◎東京 7:43→8:49 東逗子 久里浜行607S  E21715→11両編成 4号車=サロE216-32

東京発車時点で4号車階下席は2名だったが、1人は品川で下車して貸切状態になった。外は晴れていて、風も強くなさそうだ。

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