2011年06月 石巻 その2 石巻港貨物駅と沿岸

 東日本大震災被災地業務応援で宮城県石巻市に出張。勤務時間終了後にJR貨物の石巻港駅や南浜の方に寄りました。石巻市役所周辺でも地震による家屋損傷や液状化現象が見られましたが、海側に出ると津波の被害がほとんど手つかずで残っていました。

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平成23年(2011年)6月7日(火)

 この日は徒歩で石巻線踏切を経由して出勤。

 帰路は神奈川からのメンバー5名で夕食。


平成23年(2011年)6月8日(水)

市内には応急危険度判定で危険と判定された建物も残っている。

この日は石巻駅跨線橋経由で出勤。石巻駅構内には仙石線の205系が1編成留置されている。仙台方の出発信号機はことごとく使用停止の「×」印が付されている。

昼休みに外出すると、市中心部にも液状化現象による歩道のゆがみや管の突出が残っていた。

勤務地と宿が離れていたため自転車を借りて帰ることになった。この機会に、大街道から、貨物線の石巻港駅を目指す。

石巻駅周辺では、営業している店舗もあり、昼食時にはそれなりに利用客がいる。「営業再開」との張り紙も随所に見られ、再開が最近である店も多いようだ。一方で、崩れた家屋も商店街に残り、特に夕方はシャッターの閉じている店が多い。ただ、震災前から、蛇田地区の郊外型店舗に客が移り、シャッター街となっていたという。

震災から不通となっている仙石線貨物支線。陸前山下起点1kmの標識が立つこの辺りには線路が残っていた。

大街道地区は震災時に浸水しているが、国道沿いは残っている家屋が多い。しかし、ここから住宅の間を縫って南下すると急に津波被害の跡が生々しく残っている。津波被害を受けて、瓦礫と、2階部分だけが残った家屋が並んでいる。

3カ月経った時点でも浸水が残っていた。

被害の大きい住宅街を抜けると、JR貨物の石巻港駅に着く。背後には操業を休止した製紙工場がそびえ立つ。


津波の跡は手つかずの様子で、線路は浮き上がり、積まれたコンテナの脇に瓦礫が散乱したままの状態。


石巻港駅を左に見ながら海岸に出る。津波に流された廃車となった自動車が積まれている。

市営住宅だった南浜町も冠水が残っていた。



河口付近に石巻市立病院があったが、津波被害で業務停止していた。このあと、川沿いに北上して宿に戻った。



平成23年(2011年)6月9日(木)

 自転車で踏切経由で出勤。

 終業後、石巻駅に到着する石巻線列車を市役所駐車場から撮影。


平成23年(2011年)6月10日(金)

 自転車で踏切経由で出勤。石巻線の石巻・女川間は依然不通で、線路脇には津波で流された自動車が残っていた。

 終業後自転車で、陸前山下駅を経由して蛇田のマクドナルド。


夕食後、北上公園経由で宿に戻る。


平成23年(2011年)6月11日(土)

 雨のためタクシーで出勤。
 この日は震災から3カ月目の日。市内では慰霊祭が行われたとのこと。午前中と午後に庁内放送で、黙祷の予告あり。14時46分の黙祷開始時にも放送で合図。電話応対中の職員を除き、来客も含めて多くの人が黙祷に参加していた。震災の記憶がまだ新しいものと感じられた。

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