2011年08月 長崎 3日目 - 長崎電気軌道再完乗、新鳥栖から九州新幹線

 3日間の長崎滞在中に長崎電気軌道を完乗しました。長崎電気軌道では平成30年(2018年)と令和5年(2023年)に電停名を改称しています。地上駅だった長崎からの帰路は新鳥栖まで白い「かもめ」で戻り、新鳥栖・博多間の1区間だけ九州新幹線に乗車し、800系の豪華な車内を観察しました。

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平成23年(2011年)8月9日(火)

 6:45頃に起床し、荷物をまとめながら朝食。テレビのニュースでは、週末の米国債が初めて格下げされたことを受けてニューヨークのダウ平均株価が600ドル以上値下がりしたことを報じている。


◎諫早 7:42→8:01 長崎 かもめ1号 長崎行特急2001M  787系8両編成7号車=モハ787-23

 諫早では自由席に長い列が出来ていたが、案外と余裕があり、5割強の乗車率。左側の2連席を確保できた。

 長いトンネルが続く中、検札が回って来た。やがてトンネルを抜けると高架下に市内電車の軌道が見えて、浦上に着く。浦上で半分以上の乗客が下車したようだ。

 浦上を発車すると、「各部屋の通路が開きます。ご注意ください」の放送が流れ、デッキとの間のドアが一斉に開いた。そんな機能があるとは知らなかった。

 コインロッカーに荷物を預ける。


◎長崎駅前 8:12→ 桜町 蛍茶屋行3系統  374単行

 蛍茶屋行きが来るまで少し待ち、さらに乗車後に信号待ちがあったので、案外と時間がかかった。車内は大混雑。


 市役所に行くと、長崎市職員厚生会主催による原爆犠牲職員慰霊碑への献花式が始まったところ。原爆投下の際に犠牲となった市職員は37名とのこと。ここで神奈川自治労連の人とも合流した。献花式が終わってから、他の人と一旦別れ、市内電車の乗りつぶしに出掛ける。小雨が降ってきた。 

◎公会堂前 8:51→ 石橋 石橋行  365単行

(編注・「公会堂前」は平成30年(2018年)に「市民会館」、令和5年(2023年)に「市役所」に改称)

 築町では、石橋方面と赤迫方面の乗り継ぎ駅で、ここだけ乗継ぎ券を発行している。双方向の電車が縦列で停まり、駅係員が乗継ぎの案内をしている。


 ここで分岐する赤迫方面は狭い道に入るが、こちらは次の市民病院前から上下3車線ずつの広い道路に挟まれた専用レーン。

 しかし、大浦海岸通りを出ると上下合わせて2車線の道路の横に単線となる。

 この区間は8分毎の運転。次の電車まで間があるので、市民病院前まで歩く。いったん止んだ雨が強くなって来た。市民病院前に、我国鉄道発祥の地の石碑がある。

◎市民病院前 9:24→9:26頃 築町 蛍茶屋行6系統 206

(編注・平成30年(2018年)に「市民病院前」は「メディカルセンター」に、「築町」は「新地中華街」にそれぞれ改称)

 次の電車を待つか、築町まで歩くか迷ったが、ちょうど電車が来たので乗車。築町では、駅員が手旗を持って、忙しそうに電車を誘導していた。

◎築町 9:30→ 9:52頃 松山町 浦上車庫前行  1505単行

(編注・平成30年(2018年)に「松山町」は「平和公園」に改称)

 小雨降る中、出島付近の細い道を通って大通りに出る。左手にJRの高架線が近づくと、浜口町から一旦専用線に。先行する赤迫行が松山町で客扱いをしていたので、ここで乗り換え。

◎松山町 9:53頃→10:05 赤迫 赤迫行1系統 1203単行

 浦上車庫前で乗務員交替と信号待ち。浦上車庫前を出ると再び通りに出るが、いつしか車線数は減ってきた。上下2車線ずつの商店街の中央を専用レーンで走る。

 終点の赤迫に着き、長崎電気軌道線を再完乗した。

◎赤迫 10:07→ 松山町 蛍茶屋行3系統 同車

 赤迫は道路の中央にある電停。時間がなくなってきたので、同じ電車で折り返す。 

 雨が降る中、市主催の平和祈念式典へ。しかし、満席で入れず、ゲートの外から見学。被爆者の合唱が終わったころに雨が止んだ。


 まとまった人数が外に出ると追加で入場が可能になる様子が見られた。雨が止んで日差しが強かったが、ゲート近くに待機し、管総理の挨拶が終わった後で入場できた。式典会場内のテントで、冷えたおしぼりと水のボトルを貰う。

 ゲートを入った所には、折り鶴の山とともに、国内外からのメッセージが掲示されているので、これらを観察。


◎松山町 12:13→ 公会堂前 蛍茶屋行3系統 373単行

 市の式典会場から世界大会の閉会総会に電車で移動。電停も車内も混雑している。 



◎長崎 15:21→15:48 新鳥栖 かもめ26号 博多行特急2026M 885系6両編成4号車=サハ885-11  

 発車15分くらい前に改札を通ると、白いかもめは既に入線しており、ちょうど客扱いを開始したところのようだ。窓側の席を確保したが、その後は混んできて、満席近くなったようだ。

 浦上を発車して検札が始まったようだが、混んでいるのかすぐには来ない。途中まで回った後で諫早に近づき、客扱いのため中断したようだ。

 諫早を出てから検札が来た。その後、長崎で購入した「くじらカツ弁当」を開いて昼食。小学校の給食にあった鯨の竜田揚も入った懐かしい味。


 白いかもめのテーブルは肘置きに収納されているもので、背もたれのタイプと比べて小さい。また、飲み物を置くための窪みがあるが、ペットボトルよりも小さい。また、窓際には物を置けない(斜めに傾斜している)ため、機能面では787系の方が良さそうだ。

 15:05から3分間、多良で運転停車。向かいに下り白いかもめが停車したが、窓の中がほとんど見えない。東日本とは異なる種類の遮光ガラスを使っているようだ。車窓には太陽光ではなく太陽熱のパネルを設けている家が目に付く。

 佐賀を過ぎると新鳥栖まですぐ。新鳥栖の停車時間は短く「ドアを閉めます」の放送に追い立てられるように下車。

 新鳥栖の駅前には病院のような建物が建築中だが、まだほとんどが空き地。駅舎は鳥をイメージした立派な外観なのだが。新幹線と在来線が十字に交差している。駅舎に入って左右に在来線と新幹線の改札が向き合い、乗り換え改札は無い。


改札外にきっぷ売り場と鳥栖市の観光案内所、コンビニがあるが、新幹線改札内には土産物店どころか売店も見当たらない。

 在来線ホームが対向式2面2線なのに対し、新幹線ホームは2面4線。その上屋は駅舎と一体となり、大屋根が2面のホームを覆っている。


◎新鳥栖 16:09→16:25 博多 さくら312号 博多行5312A  800系6両編成3号車=827-1009

 ポケモンがデザインされたラッピングトレインだった。車内は、九州新幹線800系の特徴である地元産品を使用した和風デザイン。更に、この編成は客室の妻面に金箔を施している。


 新鳥栖から博多までは初乗車区間だったが、内装を観察している間に、すぐ博多に到着した。





◎博多 16:30→21:14 新横浜 のぞみ52号 東京行52A N700系16両編成先頭16号車=784-39(JR東海)14-E左窓側

 同じホームの向かい側への乗り換えだが、先頭の16号車はかなり先。

 発車時刻が近づいたので途中の車両から乗り込んで前に移動すると、14号車に三浦市の2人連れがいた。一旦16号車の自席に荷物を置いて検札を受けたあと、三浦市の人から呼ばれ、14号車へ。まだ空席があったので、しばらく話をする。広島でこの席の乗客が来たので、自席に戻った。

 岡山を出ると、トンネル内でも携帯の電波が通じるようになった。先頭車両も岡山から混み始め、新大阪発車時点では9割以上の席が埋まったようだ。新大阪を出て緩やかに加速する頃には日が暮れてきた。

 三浦市の2人のうち1人は実家が名古屋なので、今日は名古屋で下車。そのため、岐阜羽島を通過した後に14号車を訪問して、メールアドレスを交換。

 自席に戻って名古屋を発車するころに車内販売が回ってきたので、弁当を購入。夏季限定の豚角煮飯1,000円。流れる夜景を横目に見ながら夕食を済ませた。

 夕食後は旅日記の編集や携帯を充電しながらニュース検索、食休みをして過ごす。小田原を定刻に通過したとの車内放送を聞いて下車準備。

 新横浜で下車して列車を見送る。ホームの駅員が、列車の後部、後方線路、ホーム監視用モニター画面を念入りに張りのある声と動作で指差歓呼している。直後に発車した下り列車のホームでも同様に確認しているのが見える。以前も新横浜では同様の光景を見て好感を得ていた。


◎新横浜 21:22→21:30 東神奈川 東神奈川行2016K 205系8両編成7号車=モハ205-207

 東神奈川では3番線(北行ホーム)到着のため、横浜方面は隣のホームに移動。

◎東神奈川 21:38→ 横浜 桜木町行 E233系10両編成最後10号車=クハE233-1040

◎横浜 21:43 →22:20 東逗子 久里浜行2083S 5号車=サロE217-27

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