平成23年(2011年)3月12日に九州新幹線の鹿児島ルートが全通し、開業初日に乗車する予定でしたが、前日に東日本大震災が発生して旅行を中止していました。9月に入って遅めの夏休みを取り、およそ半年遅れで乗りに行くことにしました。九州新幹線完乗後、肥薩線特急「はやとの風」と吉都線を乗り継いで都城で泊まりました。
平成23年(2011年)9月10日(土)
◎東逗子 4:48→5:22 横浜 東京行464S E217系11両編成先頭11号車=クハE217-14
列車を待つ間に、空が僅かながら明るくなったように見えた。東逗子では発車の際のメロディを流していた。以前は早朝には流していなかったと思うが。
鎌倉付近では朝焼けが見える。大船を出て、東海道線の線路をオーバークロスする頃には、遠方の町並みを見渡せる程度に明るくなった。戸塚到着時に、東海道下り線を、EF65牽引の12系客車6両編成が通過して行った。行先は回送表示で、乗降口には指定席の札。戸塚と東戸塚の間では貨物列車と併走。車内はだんだんと混み始める。東戸塚発車時点では6割程度の席が埋まり、先頭付近に立客もいる。保土ケ谷ではさらに乗客あり、8割以上の席が埋まった。
横浜で京浜東北線に乗換え。ホーム階段には、「9月23日はやぶさ復活」のポスター。3月11日の震災後、一部不通だった東北新幹線は4月29日に全線で運転再開済みだが、一部区間の徐行運転に伴う臨時ダイヤでの運転で、はやぶさも運転再開していたものの、本来よりも所要時間が長いため、「はやて」や「やまびこ」と同じ料金としていた。その後、段階的に徐行区間の解消が続いて、2度の臨時ダイヤ改定を経て、23日から震災前のダイヤに戻ることになった。
◎横浜 5:29→5:32 東神奈川 大宮行522B E233系10両編成6号車=サハE233-1049
車内のモニター画面に、電力使用制限令解除のニュースが流れていた。原子力発電所の予定外の停止などで夏の電力不足が見込まれて発令されたもので、鉄道にも昼間の列車の間引き運転などの影響があった。ピーク期間が過ぎ、需給も心配されたほどには逼迫しなかったので、予定よりも早く終了した。冬の期間は使用制限令を回避できる見込みらしい。東神奈川での乗換客多数。隣のホームなので階段に人が集まる。
◎東神奈川 5:37→5:45 新横浜 八王子行505K 205系8両編成7両目2号車=サハ204-106
2号車は6ドア車両。山手線や埼京線からの転用か。折り畳みのやや固い座席のためか、他の車両と比べると、発車前の席の埋まりが遅かった。平日は9時頃まで座席が使用できないとの表示があるが、今日は土曜日なので使える。
◎新横浜 6:00→8:15 新大阪 ひかり493号 広島行新幹線493A N700系(東海)16両編成最後16号車=784-14 指定席は4E(前方右窓側)
先月長崎へ行った時と同じ時間の列車。新横浜始発なので早めに着席。先月と同様に秒の狂いもなく正確に発車した。前回は10人に満たなかった16号車の乗客だが、今日はもう少し多いようだ。小田原からの乗客も加えて20名を超えたが、それでも空いていることには変わりない。
いったん通り過ぎた車掌は、発車後10分余り経過して、左手に西湘バイパスのジャンクションが見えてから検札に回ってきた。空は晴れているが、富士山は薄い影状で見える。
車内販売でモーニングセット(サンドイッチの小パックとコーヒーのセットで500円)を買って、追加の朝食。その間に窓側の足元にあるコンセントでザウルスを充電。名古屋到着時の乗換案内で、南紀1号が先日の台風の影響で熊野市行となっているとの案内があった。東日本大震災関連以外でも、最近風水害による不通が増えたような気がする。
名古屋のホーム反対側には、広島行のひかりが停車中。この列車の5分後の発車。しかもその間にのぞみ99号が入る。結構な密度だ。しかし、名古屋発車後も相変わらず空いている。車内販売について、モーニングセットの他、情報誌「ウェッジ」の販売について、案内放送で触れている。そういえば座席背面の網部分には何もない。JR東日本の新幹線では、車内販売のメニューのほか、車内誌「トランヴェール」が備え付けられている。岐阜羽島を通過して、伊吹山の脇を通り抜ける。多少は霞んでいるが、富士山よりも近い位置のためか、光が当たっている所を中心に、緑が濃く見える。今回の席は台車に近いためか、時折カチャカチャとバネの伸縮するような音が聞こえる。これまで気づかなかったが、傾斜機能の作動音だろうか。京都発着の頃に充電を外して、下車準備。
◎新大阪 8:21→10:50 博多 のぞみ99号 博多行新幹線99A N700系16両編成 14号車=786-268指定席3A(前方左窓側)
6割程度の席が埋まっているようだ。こちらは3列席だが、新神戸発車時点ではBC席に乗客なし。新神戸を過ぎてから検札。
岡山を出てすぐ、左の眼下に新幹線の車庫が見えるが、急加速で通り過ぎた。前夜はあまり寝ていないので、しばらく休憩。
広島でだいぶ空いたようだ。広島のホーム反対側には、500系の回送が止まっていた。徳山を通過する時に500系こだまが退避しているのが見える。徳山辺りでは、手前に立ち並ぶ工場群と、背景に広がる周防灘の入江の緑とのコントラストが印象深い。新下関を通過して新関門トンネルを抜けると小倉。ざっと見回した限りでは、下りホームには売店等が見当たらない。新幹線が博多までだった時は終点の1つ手前だったので買い物需要が少なかったと言えるが、鹿児島まで直通が通るようになって需要が変わったのではなかろうか。
小倉での下車も多く、14号車の乗車率は3割弱になった。九州に上陸しても、断続的にトンネルが続く。博多で一旦改札を出て、博多シティ口を散歩。
◎博多 11:18→11:59 熊本 さくら301号 熊本行新幹線5301A 800系6両編成最後6号車=822-105 指定席3D(前方右窓側)
800系は九州新幹線全通に伴い増備され、金張りの妻面装飾などが話題になったが、この列車は従来からのもので、木目調の妻面。ただ、木目のブラインドや、洗面所のイグサのすだれなど、登場時に話題になった和風の内装は健在。
乗車率は3割程度で、余裕がある。隣の席にも乗客なし。博多を出てしばらくは、新幹線にしてはゆっくりとした速度で進む。博多の車庫の出入りを兼ねているため、途中、700系のひかりレールスター編成ともすれ違う。博多南の脇を通過してから加速する。
新鳥栖からは新規乗車区間。久留米までは駅間距離が短いので、低速度で走る。久留米の新幹線ホームは対面式2面2線で、退避設備はない。久留米を出ると、さくら301号は終着の熊本までノンストップ。田園が中心の平野を高架で走っていたが、新大牟田を通過すると長いトンネル(複線型)が続いた。
再び平野の高架に戻るとすぐに新玉名を通過。少し走るとまたトンネルが続いた。トンネルを抜ける前に、間もなく終点熊本の案内放送が始まる。
熊本駅の新幹線ホームは2面4線。ホーム全体を大きなドームで覆っている。ホーム上には待合室が点在しているほか、背の低い飲料自販機が若干で、売店はホームから下りた新幹線コンコースの端に1店だけ。ここで昼食として阿蘇赤うし弁当を購入した。
◎熊本 12:20→13:09 鹿児島中央 さくら301号 鹿児島中央行新幹線547A N700系8両編成最後8号車=782-8008 指定席4D(前方右窓側)
レールスターと同様に、指定席は横4列の配置。800系と同様に肘置きが広いが、木目調のテーブルは背面のもので一般的な大きさ。窓側の席にはコンセントもある。(先程の800系にはなかった)座席の肩の部分に、通行する際に掴まるものが付いているが、そこに点字での座席番号表示がある。
熊本を出ると、遠方に島原半島の山影が微かに見えた。空は朝方と比べて雲が厚みを増している。場所によっては防音壁が高く、景色が見られない箇所も点在する。沿線の建物との関係だろうか。
12:30に新八代を低速で通過。ここでJR再完乗を達成。新八代を通過し終えるとまた加速した。ここからしばらくトンネルが続くので、熊本で購入した駅弁をこの間に食べる。トンネルの合間に通過した新水俣付近から、遠く八代海を望めるが、霞んでいる。さらに走ると海岸近くも通った。なお、トンネルの中では携帯の電波は圏外になる。
対面ホーム2面2線の川内に停車。在来線はJRと肥薩おれんじ鉄道の境界駅で、眼下には貨物のコンテナが積まれているのが見える。先程まで、トンネルの合間には街が見えたが、川内と鹿児島の間のトンネル間は山林が広がっている。定刻に鹿児島中央に到着。
◎鹿児島中央 13:22→14:56 吉松 はやとの風4号 吉松行特急7024D キハ140系3両編成先頭3号車=キハ140-2066
通常は2両編成のようだが、今日は3両編成。先頭が自由席。鹿児島中央を発車して間もなく、車内販売がアイス(南国白くま)を持ってきたので購入。その後もワゴンを引いていろいろ売りに来ていた。鹿児島駅の側線に、この3月で引退した赤い485系が2編成留置されていた。
鹿児島を出ると、しばらく錦江湾に沿って走り、右車窓には桜島が広がる。撮影する乗客も多い。加治木では数分停車して、787系特急きりしま11号の通過を待った。隼人から肥薩線に入る。ここまでの街や海岸の風景が、両脇森林でカーブも多い風景に変わる。
登録有形文化財の駅舎で有名になった嘉例川では5分停車。乗客の他にも観光客が駅に集まっている。駅舎内には通票閉塞器や、平成22年に草むらから見つかったという通票受器が置かれている。
駅の先には踏切があり、列車が駅に到着した時点で鳴動しているが、ホームにある操作盤で運転士が踏切の鳴動を解除して、発車前に再鳴動させると、自動放送で発車案内が流れる。
大隅横川でも4分停車。この駅舎も登録有形文化財で、先の大戦中に受けた機銃掃射の跡が、ホームの柱に残っている。
大隅横川を発車した列車は、山間部の上り勾配を上がり続けている。
吉松に到着すると、はやとの風は数分の折り返しで鹿児島中央に戻るので、車内販売員が3両分の座席の向きを変えて回っていた。
ホームの向かい側には人吉行のしんぺい4号も停車中で、しばらく賑わう。吉都線の列車までは時間があるので、一旦駅の外に出る。駅前には写真館や銭湯などもあるが、ひっそりとしている。駅を出て左手の広場にC55形SLが保存されている。また、石造りの燃料庫や、鉄道資料館や肥薩線開通記念碑などもあり、これらを眺めて回ると列車の時間が近づいた。オレンジカード販売中のポスターがあったので興味を持ったが、窓口では先客に時間がかかっているので、そのままホームに向かった。
◎吉松 15:58→17:24 都城 都城行2932D キハ140 2062単行ワンマン
土曜日だからだろうか。発車2分前に乗り込んだ2932D車内には、年配の女性が1人だけ。運転士もいない。発車時刻が近づき、駅舎から乗務員通路を渡って来た運転士が乗車し、ワンマン用の案内放送を流してから、乗客2名で発車。
標高の高いところを走っているのだが、肥薩線のような山あいの急勾配路線ではなく、左右の風景も開けている。周囲に広がる田には、稲穂がまだ緑がかっているように見える。この時間はまだ農作業をしている人がいる。
京町温泉と、えびので各1名の乗車があった。それでも2ドアセミクロスシートの車内は閑散としている。えびの飯野で20人くらいの高校生が乗車した。各ボックス1~2人で分散して乗車し、人数の割には静かだったが、しばらく経つと声が大きくなってきていた。
列車は時々山道を通りながら、少しずつ標高を下げてきた。列車の本数が少ないせいか、線路周囲の枝払いが十分でなく、窓に枝が当たる。
小林では周囲に町が広がる。ここでまとまった乗客の乗り降りがあった。高原(たかはる)で上下列車の行き違い。列車はだんだんと都城に近づくが、まだ高原の雰囲気。左手に広がる山々が、傾いてきた夕日に照らされて、緑を目立たせている。
都城駅を出て左手にあるホテル・アルファーワン都城に入る。フロントが予約者の名前を勘違いして少し手間取ったが、最上階の1407号室に入室。窓から、都城駅の一部が見下ろせる。テレビにパソコンが内蔵されていて、キーボードとマウスがある。部屋でインターネットができる。少し休憩して外出。カギは持って出る方式。
◎都城 18:26→18:56 霧島神宮 きりしま17号 787系4両編成最後4号車=クハ787-6
かつては「つばめ」に使われていた車両だが、九州新幹線鹿児島ルートの全通で、ローカル運用になった感がある。しかし、背面テーブルにフットレストもあり、座席も奇をてらわないもので、落ち着いた雰囲気だ。床はカーペットである。
都城を発車すると、ほどなく右手に吉都線が別れて行く。西都城は高架線上の2面3線ホーム。西都城を出ると霧島神宮まで客扱いの停車駅はなし。この間に検札が回る。停車駅なしとは言っても、単線なので列車行き違いのための運転停車はある。五十市で、きりしま16号と交換。また、通過駅であってもポイントでは減速している。
谷間に広がる田畑と、その周囲に点在する民家を見ながら通り過ぎて行く。日が暮れつつあるので、トンネル前後のように視界が開けていないところは暗く感じる。山の切れ目から解放されると薄暗いながらも平地の範囲が見える。それにしても、この辺りは山間部で、平行する道路を疎らに走る自動車の明かりだけが目立つ。霧島神宮に近づくが、森の中に人家の明かりが見えない。
霧島神宮で下車。ここで都城へ折り返す列車を待つ。駅舎はコンクリート平屋だが、霧島神宮の玄関口らしく、駅舎入口に木の鳥居があり、両脇には「霧島神宮駅」の提灯がある。この時間は駅の窓口は閉まっている。(営業時間は平日6:40-19:45、土休日は7:50-18:55)改札のラッチが石造りで風格がある。
駅の出口にバスの時刻表が貼ってある。駅前にバス停があり、見ると、19:01のいわさきホテル行バスが19:09に発着した。他に誰もいない待合室で旅日記を打つが、蚊がいるので歩きながら打つ。駅前には食堂と喫茶店があるが、この時間は閉店してひっそりとしている。タクシーが客待ちしている。車道との合流点まで行くと、コインランドリーと精米機が営業しているのが目立つのみ。
列車の時間が近づき、ホームへ上がる。下り普通列車が先着、ここへ特急が入線するところを、1/2秒くらいの低速シャッターで撮影して光を流そうとしてみたが、手持ちなのでどんな結果になるか。
◎霧島神宮 19:21→19:50 都城 きりしま18号 宮崎行特急6018M 783系5両編成 先頭5号車=クモハ783-1
783系は、JR九州の発足間もない頃に登場した車両で、ハイパーサルーンという名称を用いている。この車両は運転室のすぐ後ろに座席があり、前面展望を楽しむことができる。夜なので運転席がある左側と中央はカーテンが下がっているが、右側は開いていて、席も空いていたので、都城まで夜間展望をする。
人家も疎らなので、目立つのは信号と駅のみ。前照灯が照らす範囲は狭いので、レールの先は見通せない。上の方に月が一時的に見えた。右側前照灯の後ろが開いていて、前照灯の裏面の明かりが客室からも見える。
車内の床はカーペット。テーブルは、2列目以降は通常の背面収納。最前列は小さなテーブルのみ。ハイパーサルーンの特徴として、出入口のドアが車両の中央部にあり、客室が2分割されている。
引き続き前面展望。先程と同じく、速度はなかなか上がらない。都城まで時刻表上の表定速度は61km/h。運転席の速度計を見ると、速度を特に上げている時に90km/h、Y字ポイントの駅通過時は60km/h以下だった。西都城を出るとすぐに都城。
駅近くのコンビニに寄ってからホテルに戻る。フロントへ電話してマッサージの依頼。幸い空いていて、あまり待たずに来てくれた。3,800円で、40分くらいだったようだ。その後、フロントに電話してルームサービスの依頼。このホテルではファミレスのガストからの宅配。
ニュース番組などを見て過ごす。翌日は2001年9月11日の米国同時多発テロから10年になるので、現在のテロ組織アルカイダや、テロ対策の現状の関係の特集番組が放送されている。翌日の出発時刻について検討し、先に考えたプランより30分ほど後の列車に決めた。24時過ぎに就寝。