2012年07月 東北1日目 代用閉塞気動車運転の仙石線陸前小野・石巻間、渡波まで復旧した石巻線

 東日本大震災から16カ月経過した2012年7月、前年6月に滞在した宮城県石巻市を中心に東北方面に出掛けました。当時の仙石線は高城町・陸前小野間が不通で代行バスによる連絡。陸前小野・石巻間は運転再開していたものの信号や電化設備はまだ使えず、スタフ閉塞で気動車が運転されていました。石巻線は渡波まで復旧したところでした。石巻市内は復興が始まっている一方で震災の傷跡もまだ多く残っていました。


平成24年(2012年)7月14日(土)

 前日に行きの新幹線を携帯から予約した際には希望の列車は満席で、1時間近く早い列車を予約していたが、起床後に再度検索したところ空きが出ていたので、変更できた。ニュースでは九州での記録的な大雨の被害について報じている。逗子も早朝は強い雨で、大雨洪水警報が出ていたが、出掛けるころには晴れ間も見えてきた。


◎東逗子 7:04→8:09 東京 エアポート成田 成田空港行680S E217系11→15両編成 先頭11号車=クハE217-29

 空いていたボックスを占有。横浜駅ではホームの改修工事がほぼ終わり、保土ケ谷方にホームが延長され、川崎方の先端部分が分断されていた。昨年石巻へ行った際の写真を見ながら東京へ。

 早目の列車で東京に着いたので、丸ノ内駅舎周辺を散歩。足元には工事の囲いがまだ残っているが、外観は完成に近い状態で現れている。南北のドーム内部は、2階辺りまでできているようだ。

 丸ノ内南口の券売機で特急券を受け取って、新幹線ホームへ向かう。連休の初日のためか、乗り換え改札付近は大変混雑している。車内清掃を終えて清掃クルーが出てくる。男性クルーの制服は派手なアロハ。



◎東京 8:56→10:37 仙台 はやて19号 新青森行 新幹線3019B E3+E5系16両編成 8号車=E526-407

 昨年、はやぶさ用として登場したE5系だが、増備がすすみ、一部のはやてなどにも使われている。この列車もE5系。こまち車両が今年度末から順次E6系に入れ替わる予定なので、E3系とE5系がつながった姿は貴重かも知れない。

 連休初日から出掛けるのに都合が良い時間帯なので、はやて19号の指定席は完売している。朝偶然取れたキャンセル席は左窓側の10E席。先に着席していた10D席の女性の前を通って着席。上野や大宮でもホームに多数の乗客が待っていて、いよいよ満席になったようだ。

 石巻の写真の続きを見てから、窓側のコンセントで充電をしようと思ったら、接続プラグやコードが無かった。仙台で乗り継ぎが30分程あるので、仙台のヨドバシカメラに寄ることとする。

 車窓から見る限り、雨は降っていないようだが、遠くに見える山は雲に霞んでいる。手前に広がる田の濃い緑と対照的である。北上するに連れてトンネルが増えてくるが、以前と比べてトンネル内での携帯の電波の入り具合が改善されたように思う。東海道新幹線のように、トンネル内の同軸ケーブル配線を整備したのだろう。

 ヨドバシカメラの仙台店は、従来は東口に隣接していたが、最近、道路の向かい側のビルに移転した。必要なプラグや接続コードの一部は買えたが、外の売り場のものがあり、列車の時間が迫っているのであとは石巻で探すことにする。 


◎仙台 11:07→11:37 高城町 高城町行 快速3131S 205系4両編成先頭=クハ205-3119

 ロングシートの205系だが、仙石線への導入時に、トイレ付に改造されている。車内ドア上の仙石線停車駅案内は、代行バス運転区間を反映している。鉄道の不通区間は高城町・陸前小野間だが、代行バスは鉄道復旧済みの区間に少し入り込んだ松島海岸・矢本間であることが分かる。

 多賀城付近は最近高架に切り替えたばかりのようで、残工事が行われている。仙石線には東塩竈の少し先までATACSという新しい信号保安システムが採用されている。信号機も地上子も無い。ATCのように、運転席の速度計に制限速度が示される。快速なので通過駅が多い。途中の通過駅では、上りホームで電車を待つ女子高生がおどけて通過列車を指差喚呼するようなしぐさをしていた。

 東塩竈から単線。東北本線に接近しながら松島へ向かう。静かな海岸線をかすめる。今は海も穏やか。東塩竈には信号機がある。ここを発車してしばらくするとATSの警報ベルが鳴り、ATSに切り替わったようだ。

 松島海岸でだいぶ下車。ここが代行バスへの乗換案内駅でもあるが、電車は次の高城町まで通じているので、ここまで乗車。


 しかし、うろ覚えの地図で歩いても代行バスの乗り場が見当たらず、時間も過ぎてしまった。ちょうどタクシーの営業所があったので、陸前小野駅までタクシーで行くことにした。


◎高城町 11:55頃→12:15頃 陸前小野 タクシー 松島ワカバ第一交通  宮城500あ7175

 営業所で待つこと数分、準備ができたとのことで乗車。運転手が昨年3月11日の津波の範囲について語ってくれた。島が津波を遮ったところがあり、水平線が見えるところは津波被害が大きかったという。

 仙石線の未開通部分は、内陸へ数百メートル移転する案が出ているらしいが、その場合はこの田圃を通って、この山にトンネルを通すのかという話をしてくれた。陸前小野までの運賃は3,350円だった。


 陸前小野駅の小さな駅舎の中には売店がある。駅員はいない。駅から少し離れたところにコンビニもある。ホームは一部仮設のようで、交換設備は封印された片面ホームの状態。仙台方の信号機は×印で封印されている。


◎陸前小野 12:42→13:04 石巻 石巻行7225D キハ110系2両編成 先頭=キハ110-238

 本来は電化区間だが、送電設備が復旧していないためか、石巻側は気動車での運転となっている。奥の細道ラインのラッピングが施されており、陸羽西線で使われている車両を融通しているもの。車掌が乗務しているほか、運転席にもう1人、乗務員がいる。

 陸前小野を出てすぐの位置には制限速度15があり、離れると急に加速。復旧してから日の浅い区間で、路盤のバラストはまだ白い。

 信号機は×印で封印され、代用の通票閉塞を用い、スタフを携行している。運転時刻表を見ると、石巻まで1閉塞で、通票の形状は△。矢本には駅員が立つ。交換設備は封印していて、スタフの交換も行われない。石巻まで正に一本道だ。信号機の×印が続いていたが、石巻手前の遠方信号からは稼働している。

 石巻駅への進入は、小牛田から来た石巻線列車とほぼ同時。場内信号辺りから並走した。両線とも未開通部分が残り、復興には程遠いが、一時の賑わいだ。本来は205系電車が発着している筈の石巻駅仙石線ホームに、キハ110系が並んだ。

震災時から側線に留置されている205系はそのまま。2011年6月の滞在時には×印だらけだった信号機は復活していた。

◎石巻 13:09→13:20 渡波 渡波行1635D キハ48系2両編成ワンマン 先頭=キハ48 1513

 昨年(2011年)6月に石巻に滞在した頃は、石巻線の小牛田から石巻までが前月に再開したばかりだったが、今年(2012年)の3月17日から、渡波まで運転を再開した。これに伴って代行バスも以前の石巻発着から渡波発着に変更されている。

 運転席にスタフは無く、運転時刻表にも通票の印はない。石巻線の通票閉塞は終了しているようだ。昨年6月に滞在した頃には踏切上に自動車が残っていたが、さすがにもう片付いている。北上川を渡る鉄橋では徐行運転していた。この辺りは、北上川をだいぶ遡上した位置になり、海岸は見えない。トンネルを通り、一路海岸方面に駆け降りる。渡波駅入り口の遠方信号機も稼働していた。場内信号機は小牛田方だけ使われている。

 渡波下車時に、女川行の代行バスに乗るかと聞かれたが、とりあえずパス。バス時刻表を見ると、女川に行くと、戻ってくるバスがだいぶ先になってしまう。



 渡波駅周辺を散策。液状化によりマンホールが歩道上に突き出ている場所が少し残っている。駅正面の道を進むと万石橋があり、小型船がいくつか停泊している。右手遠方が海方向、左手には万石浦が始まる。


 土曜日だが、何カ所かで工事が行われている。駅近くを通る幹線道路には「冠水注意」の看板が残る。震災時に渡波地区は潮の満ち引きにより冠水する集落があったと聞くが、現在もそうなのだろうか。駅近くにコンビニが営業している。


◎渡波 13:55→14:06 石巻 小牛田行1636D 同編成先頭=キハ48-503

 同じ編成で折り返し。鉄橋から改めて見渡すと、ここで北上川が大きく蛇行している。鉄橋入口の標識は徐行35だった。



 石巻で下車。市役所周辺を一周。昨年の滞在時に市役所裏手の壁と歩道の間がガタガタに段ができていたが、傾斜が残っているものの、アスファルトで埋められている。マンホールの飛び出しも、埋められているようだ。

駅前と幹線道路の交差する角では、ビルの解体工事が行われていた。改めて見ると、さら地がいくつかできているようだ。その一部には建築確認の看板も見え、市街地の再建が少しずつ進んでいる。

 石巻駅前の観光物産情報センター「ロマン海遊21」で、自宅や職場用の土産を物色して配送依頼。駅前喫茶マンガッタンカフェで遅めの昼食。英国風カレーと紅茶のセット。どのように英国風なのかは不明だが、ピリ辛風味。

 駅レンタカーに3時間3,150円のちょい乗りコースの案内掲示があった。これを使えば蛇田のコジマ電気で接続コードを購入した上に石巻港や女川にも足を伸ばせると思ったが、残念ながら、既に埋まっているとのこと。ちょっと迷ったが、徒歩で観光することにする。

 昨年滞在したホテルC&Aの近くを通って、川に出る前の道を南下。石巻駅付近の通り沿いの商店街は、修理または解体で整理され、歩道も歩きやすくなっていたが、南下するに従って道の状態が悪くなって来た。




 市役所旧庁舎から坂を上り、日和山公園へ。公園内の神社に参拝した後、公園内から市内を見渡す。昨年と比べると瓦礫が減って、さら地に雑草が生えているのか、やや緑色の印象。




 来た道と反対に、海岸方向へ急な階段を下りてみる。階段を下りたところにある墓地には、まだ倒れたままの墓石も目立つ。


その近くに、震災時に全焼した門脇小学校。昨年見学したが、今は教育委員会管理地として、立入禁止の札があり、敷地の入口にカラーコーンが立てられている。それでも、構わず入っている人が多い。


 ここから海岸方向へ進むと、砂利道の中に、4階建市営住宅が数棟放置されている。敷地の一部は冠水したまま。3・4階は建具が残っているが、1・2階は津波が通って中抜けの状態。

 海岸沿いの幹線道路に出る。通る車はかなりスピードを出している。廃車が積まれた処分場を過ぎると、日本製紙の工場敷地が広がる。ここは操業を再開していて、高い煙突から白い煙をもくもくと上げている。まだまだ復興には程遠い一帯の中で、力強さを感じる。

 日本製紙に隣接する石巻港貨物駅は、昨年6月には敷地内に散乱していたコンテナが整然と積まれている。事前にネットで調べたニュースによると、石巻港貨物駅の再開は12月予定とのこと。敷地内の線路は一旦撤去されたが、再整備にあたっているようだ。工場が途切れたところに道路が横断していて、ここにあった筈の踏切の場所が砂利道の段差になっている。貨物線・貨物駅再整備工事の看板が建ち、作業が行われている。踏切よりも北側には線路が残っている。


 ここから石巻駅に向かうこともできるが、蛇田駅の西にコジマ電気があるようなので、少し北上して大街道に出て、これを西へ2km近く歩き、コジマ電気に着く。しかし、目当ての品は在庫がなかった。コジマ電気で接続コードが入手できなかったため、仙台回りで北上に行くことにした。蛇田での待ち時間があるので、一旦石巻まで往復する。蛇田駅までもう一歩き。


◎蛇田 17:58→18:04 石巻 石巻行7725D キハ110系4両編成 最後=キハ110-242

 先程より編成が長いためか、空いている。石巻駅のコンビニで、石巻日日新聞を購入。


◎石巻 18:14→18:28 矢本 矢本行7826D 同編成 先頭=同車

 同じ編成で折り返し。今度の列車は矢本止まり。ここで代行バスに乗り換えとなる。


◎矢本駅 18:40→19:23 松島海岸駅 松島海岸駅行 列車代行バス130便 宮城22か6857

 写真撮影後に乗車すると、既に2人掛けの席の少なくとも窓側は埋まっており、通路側の席に着く。窓側の女性はジャパンレイルパスを手に持っている。車内は半分以上の席が埋まっているが、話し声も疎らで、やけに静か。夕日は山の陰に隠れたものの、まだ外は明るい。

 陸前小野でまとまった下車があり、少し空く。タクシーで来たときと同じ鳴瀬大橋を渡り、今度は海側へ左折して、先程通らなかった野蒜へ向かう。バスのダイヤに余裕があるようで、ずいぶんとゆっくり走る。昨年の震災の時以来、野蒜と陸前小野の間で停車したままだった電車があったが、現在は撤去されている。

 野蒜駅隣の商店は荒れ果てたまま。野蒜駅は、出入口に真新しい板が打ち付けられ、封印されていた。もともと駅舎のない東名駅は、昨年と同様に線路が撤去された状態。この区間周辺の家は、1階が津波被害にあったままの状態のものや、板やブルーシートで応急措置されただけのものが目につく。日もだいぶ暮れて、先程代行バスに乗り損なった高城町バス停。周囲を見回したが、見覚えのある景色との位置関係は分からず。

 終点の松島海岸駅に到着。ホームから見る松島は夕暮れの中に島影だけを見せ、遊覧船も店じまいしている。貨物列車の汽笛が聞こえた。背後の山のすぐ近くに東北本線が通っているようだ。


◎松島海岸 19:40→20:05 仙台 あおば通行 快速3938S 205系4両編成3両目=モハ205-3101

 外はすっかり暗くなった。途中から乗ってくる人もいるが、それでも3両目の乗客は20人前後で推移している。陸前原ノ町から地下線に入る。仙台までもうすぐ。

 今度こそヨドバシカメラで購入完了。駅に向かいつつ、列車の予約。土産物店で、石巻の笹鎌の白鎌が出店していた。これから食べるためのミニサイズを2つ購入。改札を入ってから駅弁を探すが、売切れ。


◎仙台 20:38→21:01 一ノ関 はやて39号 新青森行 新幹線3039B  E2+E3系16両編成 4号車=E226-325

 窓側にコンセントの無いE2系であることと、すぐに下車するので、通路側の席を取った。車内販売が回って来たが、弁当は無さそうだ。


◎一ノ関 21:13→21:51 北上 盛岡行1555M 701系2両編成 先頭=クモハ701-1021

 水沢駅のホームには風鈴がたくさん下げられていて、この時間でも軽やかな音色をふりまいている。そういえば学生のころの夏合宿で、夜行急行「八甲田」に乗っていて、夜明けに停車した駅で風鈴が鳴っていたのを思い出すが、この駅だったようだ。


宿泊 ホテルメッツ北上

 702号室 5,650円(じゃらんポイント使用後5,150円)

 ようやく1泊目の宿にチェックイン。Suicaで支払い。ホテルのレストランは既に閉店している。売店が24時間営業だが、置いてある食事関係はカップ麺程度で味気無い。

 一旦部屋に入ってから、外出。駅前のビルの地下にある居酒屋「千年の宴」に入り、ここで夕食。全部個室で落ち着いた雰囲気だが、後でレシートを見ると、「席料105円」とあった。ホテルに戻ってから、マッサージを頼んだ。40分で4,000円。その後、シャワーを浴びる。駅のすぐ横にあるホテルの部屋からは、北上駅構内を見下ろせる。貨物列車が何度か通過していた。25:11には、短い汽笛を鳴らして、下り「北斗星」が北上駅2番線を通過。これを見届けてから就寝。


目次(時系列)   路線別索引