指宿から指宿枕崎線の下り始発列車で枕崎へ。そのあと知覧を見学してから指宿の砂蒸し湯に入浴。特急「指宿のたまて箱」と「きりしま」を乗りついで霧島温泉に泊まりました。
平成23年(2011年)9月12日(月)
5時過ぎに起床して、昨夜コンビニで買った朝食を取る。5:50頃にチェックアウト。
指宿駅前の足湯は、この時間は清掃のためかお湯が抜かれていた。足湯はボランティア団体が月交代で清掃しているようで、当番表が掲げられていた。◎指宿 6:09→7:20 枕崎 枕崎行5321D キハ40 8063単行ワンマン
19年前にこの時間のこの区間に乗ったときは、車掌が乗務していて、折り返しの上り列車では気さくに話しかけていたが、ここもワンマン化されていた。
車内には半分強のボックスに1名程度の乗客。早朝から酒瓶とウーロン茶のペットボトルを持ったおじさんが乗っていて、焼酎の匂いがする。左手に港を見下ろしながら、だんだんと海岸に近づき、山川は港に近い静かな海辺にある。この時間、動いている船は見えるが、駅の周りは静まり返っている。
山川を出ると長いトンネルで、長崎鼻の根元を横切る。大山を過ぎると、開聞岳が正面に迫ってきた。頂上付近に雲がある。
JR最南端の駅である西大山には、観光用か広い駐車場が整備され、傍らに黄色い郵便ポストが建つ。西頴娃駅周辺にはまとまった集落が見られた。ここで上下列車の行き違い。先着していた上り列車は2両編成。開聞岳は後方に去り、海岸からやや離れた状態で西に進む。線路の周囲に木が迫り、木の枝がだいぶ激しく窓を叩く。特に、松ケ浦と薩摩塩屋の間では、まとまった長さでその状態。一方、列車の停車時に車内に焦げ臭い匂いがすることがあった。発車の際の排気量は半端ではない。線路際にあったワラくずなどは、道路の反対側まで飛ばされる。
終点の枕崎まで少しずつ乗客の入れ替わりがあったが、10人前後で推移し、総数は大して変わらなかった。枕崎付近から望む坊岬の丘陵には、風車が立ち並んでいる。
◎枕崎駅 7:40→8:28 知覧 知覧行 鹿児島交通バス 鹿児島200か1179
路線バスタイプの車両。枕崎駅発車時点では貸切状態。近くの小学校の通学時間らしく、制服の小学生が時々通り過ぎる。他に乗客が乗らないまま市街地を抜け、丘陵地帯から海越しに開聞岳を望む。この辺りには茶畑が広がっている。知覧も近づいた8:17県立保健学校前から8:21農協前までようやく2人目の乗客。特攻観音入口で、ここで降りなくてよいか、運転手に声を掛けられる。
武家屋敷には中郡か法務局前が近かったが、知覧まで乗ってから戻った。武家屋敷群は外から見る程度にした。生垣が見事に刈り込まれ、他所の武家屋敷では見られない南国風の印象を受ける。
中郡バス停近くに、映画「ホタル」用に復元された富屋食堂がある。
◎中郡 9:21→9:26 特攻観音入口 特攻観音入口行 鹿児島交通バス 鹿児島200か・・80
バスは10分遅れで来た。特攻観音まで130円。
特攻観音入口で下車して、平和公園に速足で入る。特攻平和会館は、南九州市文化ホールの裏手にある平家の建物。館内では年配の男性が特攻機や資料の解説をしている。途中まで聞いていたが時間がないので、展示物を見て回る。
大きいものとしては戦闘機の実物が数点、他は隊員の遺品や手紙、写真が、ところ狭しと展示されている。特攻戦死者の情報端末があり、出身地別の検索が可能。逗子と鎌倉からも各1名が載っていた。駆け足で見たので表面的なところしか読み取れないが、じっくりと見た人の感想はどうだろうか。国のために若くして散って行ったことを潔しとして尊ぶのか、前途ある若者の命が二度と無駄にならないように願うのか。会館近くにあった石原都知事の筆による碑文は前者に重きを置いているように感じられるが、後者のために活用してほしいものだ。◎特攻観音入口 10:25→11:33 砂むし会館前 指宿いわさきホテル行 鹿児島交通バス 鹿児島200か・648
3分遅れで発車。指導員か見習いか、もう1人乗務員がいる。しかし、他の乗客はいない。峠道では木々に囲まれて見通しが悪かったが、峠を越えると、海岸方向を何度か見渡せた。対岸の大隅半島も、薄い島影を横たえている。喜入の港を見下ろしながら、曲がりくねった山道を下りて行った。峠を下り始めたころに、2名の乗車があった。車内の音声案内は、日英韓の3か国語で流される。主要バス停だけでない。しかも韓国語の案内は、まず日本語読みでのバス停名を言ってから、例えば南とか郵便局などの単語を韓国語訳して言い直している。
海岸沿いに出ると、いったん左方向に曲がり、石油貯蔵施設に隣接する道の駅に寄る。ここで若干の乗降がある。折り返して海岸沿いを指宿方面に向かう。乗客は時折乗り降りするが、増えない。
砂むし会館砂楽に到着。エスカレーターで2階に上がると売店や受付があり、ここで入浴料を支払う。タオル込みで1,000円。干潮の時は波打ち際での砂むしが楽しめるらしく、その日時が掲示されている。残念ながら本日は午後からが干潮のようで、全天候の位置で行うようだ。
脱衣室で浴衣に着替え。ロッカーは幅が狭いが、荷物は何とか押し込めることができた。通路を海岸側に出て進むとテントを張った砂むしエリアに着く。一部の区画には「熱湯消毒中」の札がある。80℃の温泉を引いて消毒しているという。消毒中の区画を通り過ぎたところで、案内を受けて砂の上に横たわる。そして、砂をかけてもらい、砂蒸し。頭が海側なので、仰向けに横たわると護岸とテントを見上げる格好で、眺望はない。護岸には時計が掲げられている。上がるタイミングは個々の判断でとのことだが、15分が目安と聞いていたので、時計を参考にする。11:45頃に始めて10分弱で汗が出るのを感じる。12時近くに起き上がる。軽くなった気分だ。建物に戻り、浴衣を返却口に返して、シャワーで砂を流す。その後で浴室に入り入浴。ただし、バスの時間が決まっているので、時計を見ながら早めに出る。
学生の頃に市営の砂むしに来たことがあり、その時は屋外の護岸下でシャワーを浴びたように記憶しており、今回は違う場所だったのかと思ったが、建物の外に指宿市長名で「平成8年3月定礎」の礎石があった。この間に建て替てきれいになったものだった。
◎砂むし会館前 12:25→12:29 指宿駅 エコキャンプ場行 鹿児島22き・548
学生の時は駅からここまで徒歩で往復したように記憶しているが、今回は炎天下だし時間もないのでバスに乗る。このバスは前乗り前降りで、横4列シート。指宿駅前の足湯は、この時間は10人以上の利用客で賑わっていた。
◎指宿 12:52→13:46 鹿児島中央 指宿のたまて箱4号 鹿児島中央行 特急3074D キハ47系2両編成後車1号車=キハ47-8060 指定席10D(前方左窓側)
列車は海沿いを走行するが、ある程度の高度がある。車内はきれいに改装されているが、元々が一般型のキハ47なので、勾配などでは、速度があまり上がらない。車内販売の案内があると、カウンター周囲はしばらく混雑する。海幸山幸と異なり、こちらの客室乗務員は1名のようだ。
喜入に停車。列車名に因み、ドアが開くと、ドアの上部から水蒸気のような白い煙を出し、玉手箱を演出している。客室乗務員はワゴンでの車内販売の準備をしているが、その間にもカウンターまで買いに来る客が多く、ワゴンが巡回を始めたのは喜入を発車してしばらく経過してからだった。
列車は時折海沿いを走る。海の色が濃い。やがて桜島が近づいてきた。また噴火したのか、噴煙を上げている。坂之上で一時停車。この駅は片面1線のホームなので列車行き違いによる停車はないが、なぜ止まったのだろう。この停車については、特に案内放送もなかった。慈眼寺では、ホーム上屋の建て替え工事をしていたようだ。
鹿児島中央に到着。後の方で下車したら、玉手箱の煙は終了していた。
◎鹿児島中央 14:28→15:12 霧島神宮 きりしま12号 宮崎行特急6812M 787系4両編成先頭 4号車=クハ787-1
鹿児島までは複線。城山トンネルは単線並列。鹿児島駅から見る桜島は、頂上付近に薄い雲が掛かっている。
左手に485系が留置されているのは土曜日に見たが、右手にはED76も3台くらい並んでいる。鹿児島を出てから検札。その後は、鹿児島湾沿いの線路を進み、しばらくは間に国道10号線を挟んで、波穏やかな海に浮かぶ桜島を眺める。やがて桜島が後方に去ると、線路もやや内陸を通るようになった。国分を出ると、座っていても分かる上り勾配で、山岳路に入る。電車なので速度はあまり落ちないが、長いトンネルを挟みながら、左右の杉林に挟まれての走行。霧島神宮まで1駅だが、特急で10分以上を要する。途中の信号所は通過。
土曜日には気付かなかったが、霧島神宮駅に向かって右側に足湯ができていた。女性3人グループが入っている。バスの時間が近いので、今回は見送り。
◎霧島神宮駅 15:21→15:54 硫黄谷 霧島いわさきホテル行 バス 鹿児島22き・425
平成22年の台風で県道が被害を受けたとのことで、迂回運転のため、いわさきホテル行の霧島神宮駅発と国分駅行の国分駅到着に遅れが生じることがあるとの張り紙がバス停にある。実際8分遅れで発車した。乗車時点で乗客は3人。
駅の案内板にも載っていたが、霧島神宮の大鳥居付近にも足湯がある。ここで自分以外の2名が下車し、代わりに5人乗車。なお、霧島神宮のバス停は、足湯のある大鳥居よりも内側に入ったところにある。この後、霧島温泉郷に向かって山道を上る。途中の神話の里公園付近からは、平野から海を隔てた桜島まで見えた。丸尾手前では、車窓から見える位置に滝が見えた。丸尾で他の客が全員下車し、貸切状態になった。丸尾には複数の宿泊施設のほか、リハビリセンター、飲食店やコンビニがあり、民家もまとまっている。
◎ 霧島ホテル送迎車 鹿児島300な1288
今夜宿泊の霧島ホテルは、硫黄谷バス停から坂を上がったところにある。バス停脇に待合室が設けられ、徒歩の方はフロントに連絡いただければお迎えに上がりますという趣旨が掲示されている。
待合室の内線電話でフロントに連絡してしばらく待つと、ホテルのワゴン車がやってきた。そのままホテルの車寄せまで乗車し、フロントに案内されてチェックイン。西館の3004号室(ツインルーム)に案内された。簡単な案内を聞いて、ホテルの人が引き上げた後で、備え付けのお茶を飲んで休憩。
その後、名物の庭園風呂に行く。話には聞いていたが、学校の体育館よりも大きい。後で、歴史展示室を見ると、昭和46年4月の竣工とのこと。巨大な立ち湯を中心に、泉質の異なる多くの浴槽がある。源泉のうち古いものは18世紀の発見らしい。洗い場に寄ってから浴槽めぐり。まだ早い時間のためか、空いている。庭園風呂の端のほうに女性2人連れがタオル巻きで涼んでいる。
入浴後、裏山を散歩して写真撮影。ここを訪れた歌人の作品の歌碑が、杉林の中に林立している。杉林を維持するため定期的な植え替えも行われているようで、天高く伸びる杉の足元に、朽ちた切り株や、苗木から少し成長した程度のものまで見られる。夕方のため短時間で光の向きが変わり、印象的だった。
一旦部屋に戻ってから18時半頃に入浴。その後タオルを部屋に置いて、19時過ぎに夕食へ向かう。夕食は、東館3階にある、林道亭という小さな食事処。林道亭のプランは、本格的な旅館食ではなく、手頃なメニューと価格のもの。満腹では風呂に入れないので、このプランを選択していた。元大関霧島から寄贈される相撲の番付表が掲示されている。席に通されて、料理が順次運ばれてくる。野菜の煮物、お造り、黒豚の焼き肉、ご飯、みそ汁、香の物、果物といったメニュー。味は普通か。自分がいた時間の客は3組4名だったが、その割に給仕の人があたふたした様子だった。
食後、しばらく1階の土産物コーナーを眺めて回る。規模は大きい。置いてあるものは、菓子類、知覧茶、薩摩焼酎、硫黄谷焼など。部屋に戻って休憩し、庭園大浴場の女性専用時間が終わった22時過ぎに風呂へ。短時間入浴してから浴室入口近くにある、あかすりコーナーでマッサージを頼んだ。その後、もう一度入浴。庭園大浴場は24時までなので部屋に戻ってからもう一度行こうとも思ったが、断念して就寝。