2006年06月 湘南モノレール500系、小田急20000系あさぎり

 1泊旅行の往路、湘南モノレール、小田急全線に乗車しました。当時の湘南モノレールは、5000系が2年前に登場していたものの500系が主力でした。小田急とJR直通運転の特急「あさぎり」は、JR東海の371系と小田急の20000系で運行されていました。


平成18年(2006年)6月17日(土)

◎東逗子 946→1005 大船  君津行966S  E217系11→15両編成 増3号車=モハE217-2088

 大船でモノレールに乗り換える予定なので、逗子で増結車両に移る。逗子駅ホームでは増結車両への列が長く、逗子発車時点でこの車両も満席である。天候は曇り。一時雨の予報だが、天気は持つだろうか。


◎大船 1015→1029 湘南江ノ島  湘南江ノ島行 3両編成 先頭=554

 西鎌倉辺りまでは乗車する機会もあったが、その先は長らく乗車していない。大船を出ると、駅横のバスターミナルを見下ろしながら進む。次いで、最近架け替え計画が発表された小袋谷跨線橋、最近廃止された鎌倉総合車両センター(深沢地区)への引込線を見下ろす。引込線の踏切周りには早くも雑草が生い茂っている。湘南モノレールは全線単線のため、駅での行き違いとなる。富士見町では交換待で少し停車。

 湘南深沢手前のJR工場跡やその周辺はひっそりとしている。深沢を出て右手に見えるJR社宅のうち何棟かは完全に退去したようで、ベランダ側には物干しやカーテンなどがことごとく撤去されているのが見て取れた。深沢を出るとカーブや勾配が増える。それなりの速度を出すが、よく揺れる。懸垂式モノレールなので、下の方が左右の振れが大きい。

 一般的にモノレールは都市部の乗り物というイメージだが、湘南モノレールの沿線は緑が多い。特に西鎌倉より先は山間部の雰囲気である。

 終点の湘南江ノ島で下車。階段とエスカレーターを乗り継いで地上に下りる。



 土産物店・飲食店・旅館・マンションなどが混在する細い通りを海岸方面に10分くらい歩き、右手の橋を渡ると、竜宮城のような形状の片瀬江ノ島駅に到着。

昭和初期に開業した際は、仮設の駅舎として造られたため派手な外観だったが、それが現在まで残っているもの。

 特急えのしま号(エクゼ車両)が停車しているが、まだ後の時間のため、各停で行くことにする。


◎片瀬江ノ島 1046→1053 藤沢  町田行各停 5000系6両編成 最後6号車=5255

 鵠沼の住宅地を縫って藤沢まで。各駅で車掌は朗々とした声で確認の発声をしている。藤沢からは後発の快速急行の方が先に着くので、ここで乗り換え。少し時間があるので、ホーム売店で飲料を買って飲む。

◎藤沢 1106→1138 新百合ケ丘  新宿行快速急行 8000系他10両編成 先頭10号車=8062

 行き止まり式ホームの藤沢では、先頭車両は空席が目立っていたが、大和で満席。この線は、17年前にしばらく利用していたが、その頃と比べて列車の種別は大きく変わった。快速急行という種別はその後に誕生したものだし、当時各停のみ停車だった湘南台は、地下鉄と相鉄の開通で主要駅になった。

 大きく減速して本線をオーバークロスし、相模大野に停車。ここからの乗客多く、車内は満員。新百合ケ丘で下車し、階段から車両を見ると、パンタグラフが全てシングルアームになっていた。


◎新百合ケ丘 1143→1158 唐木田 唐木田行 各停 3000系6両編成 先頭=3477

 ステンレス車両で、扉の上にモニター画面がある。一部の座席は収納式。この列車の車内は空いている。

 小田急多摩線は、直線区間が多く、しかも途中の駅が対面ホームのため、より直線感がある。駅のホームにもゆとりが感じられる。永山から1駅間、京王線と並行。多摩センターで、多摩モノレールをアンダークロス。あと1駅で終点の唐木田に到着。

◎唐木田 1208→1210 小田急多摩センター 新宿行区間準急 10両編成6号車=2103

 多摩センターで下車し、券売機で新宿からの特急券を確保。この機械はパスネットで特急券が買える。駅前はショッピングセンターやホテルなどが林立している。多摩都市モノレールの駅まで歩いて見る。少し離れている。時間が余りそうならばモノレールも乗ろうかと思っていたが、次回に回す。


◎京王多摩センター 1231→1247 調布 新宿行快速 8000系8両編成 先頭=8721

 切り通しの合間に緑と新興住宅地を眺めながら進む。外のホームは少し立っているだけで暑いが、車内は適度に冷房が効いている。


◎調布 1249→1304 新宿  新宿行準特急 7000系10両編成 先頭=7723

 ここから先は高尾方面からの準特急が先発のため乗り換え。この車両の運転席後ろの窓が低いため、前方が見えにくい。明大前を発車して2駅程進むと、京王新線が地下に潜った直後に、本線も地下に入る。


終点の新宿は行き止まり式ホーム。改札を出て、少し離れたビルにマクドナルドを見付けて昼食。


◎新宿 1350→1458 松田  あさぎり5号 沼津行 特急5M 20000系7両編成 2両目2号車=20201 指定席は9D席(右窓側)

 JRの駅である松田ではパスネットが使えないので、新宿駅で乗車券を追加購入。なお、窓口で切符を購入する際もパスネットが使える。

 ホームに入ったのは1340を回っていた。あさぎり5号は既に入線していたが、車内整備中で、まだ客扱いはしていなかった。1345を回ってから乗車開始。

 定刻に新宿を発車。座席にはフットレストが付いている。また、座席背面の他に、側面にも折り畳み式のテーブルがあるのが珍しい。座席を向かい合わせにした時に使うのだろう。グループ旅行に配慮されている。ただ、トンネルが多い割りに読書灯が無いのは気になった。

 東北沢辺りでは高架・複々線化工事の途中だったが、少し走ると複々線区間に入った。4線並ぶ高架線の内側の線を進む。途中の駅は外側の線に対向式ホームがある。喜多見も高架・複々線となっており、悠々と通過。ただし、スピードはあまり出していない。17年前に通っていた頃は地上の複線で、踏切が頻繁に閉じ、各停から特急まで数珠繋ぎの列車群が通っていた。

和泉多摩川から複線に戻り、多摩川を渡ると地上線になった。途端に列車は大幅に減速。50km/h前後で走り、時折25km/h未満への減速もあった。通過するホームにいる人の表情まで見えそうだ。時折、ホームに待合室が設置されているのが見える。京王線のホームでも見掛けたが、いずれも空調が備わっているようだ。夏や冬の列車待ちには有り難い。新百合ケ丘を通過すると少し速度を上げた。

町田停車。意外にも町田までの乗客が少なくない。隣の席の人も下車していった。相模大野を通過すると、左手に車両基地が見えた。海老名でも右側に車両基地が広がる。この辺りからは、列車も順調に速度を上げて快走。

本厚木でも多数の下車。途中からの乗客はあまりいないようだ。新宿発車時に満席に近かったのが、半分くらいになった。伊勢原を過ぎた頃、両側に水田が広がっている地区があった。駅周辺には建物が多いが、そろそろ沿線の緑の割合が広がってくる。外は曇っているが、丹沢の山並みは十分に見える。

渋沢からは山並みがぐっと近付く。カーブやトンネルも増えた。並行する道路も山岳路線の風情であり、山肌や谷川に沿って進んでいる。

警戒信号に従って大幅に減速して上り線を交差して渡り線に進入。ほとんど止まりそうな速度で、15km/h位のようだ。御殿場線をアンダークロスするために勾配を下る本線に対して、若干上り勾配で御殿場線に合流して松田にゆっくりと到着。実際の到着時刻は15時ちょうどで2分遅れ。

小田急への乗り換えのためには、跨線橋で隣のホームに渡り、その一番後ろまで進んで更に階段を下りる。改札を出ると正面にロータリーを挟んで小田急の新松田駅がある。

◎新松田 1504→1511 渋沢 新宿行急行 8000系10両編成8号車=8115

 急いで動いたので、想定よりも早い列車に乗れた。あさぎり5号では松田の手前で渡り線に入ったため、本線部分を乗り直すために1駅手前の渋沢まで戻る。しかしここは山間部で駅間距離が長い。

 渋沢駅北口の歩行者デッキからはうっすらと富士山が見えた。

◎渋沢 1518→1542 小田原  小田原行 急行 1000系10→6両編成 先頭1号車=1956

 新松田で後ろ4両切り離しと特急通過待ちのため2分余り停車。

 水田の向こうに箱根の山が見えるが、雲が低くなっているようだ。小田原に向けて、乗客がまた増えてきた。小田原に到着し、小田急線再完乗。

 小田急改札前の土産物店でお茶菓子「梅の中」を購入。その後、御殿場線経由の乗車券を購入するためにみどりの窓口へ。数人並んでいたが、割合と早く順番が来て購入完了。

 小田原駅は南北自由通路が完成するなど、大きく変わった。中央改札の上には大きな小田原提灯が吊され、旧駅舎の写真も飾られている。



◎小田原 1600→1605 国府津  高崎行 特別快速3670E  E231系10両編成 2号車=モハE230-3577

半分以上の席が埋まっている。国府津まですぐなのでドア付近に立つ。

◎国府津 1611→1728 沼津 沼津行2571M  115系3両編成 先頭1号車=クハ115-2027

 ちょうど御殿場方からの列車が入るところで、隣のホーム3番線に移動。

 概ね各ボックスに乗客がいたが、空いているボックスを見付けて着席。

 東海道線をオーバークロスして御殿場線に入る。左遠方に、雲がかかった上に光の当たった富士山が見える。御殿場線はかつて複線で、戦争中に金属供出のため単線になった。谷峨までは主に左側、そこからは主に右側に路盤の跡が見える。

 御殿場到着の頃から、風がやや強くなり、空も暗くなってきた。南御殿場を出ると、霧がかかってきた。富士山はもう見えない。近くで農作業をしている人も多いためか、運転士は頻繁に警笛を鳴らす。ここまでの車窓に、水田はよく見られたが、富士岡到着時から茶畑も景色に加わった。裾野では風が弱まり霧も晴れてきたが、小雨となっている。沼津では2つ隣のホームへの乗り換え。


◎沼津 1732→1757 富士  島田行453M  113系8両編成 6両目=モハ112-2100

 前方の車両に乗客が多かったが、後ろの方ではボックスも空いていた。東京口からは3月のダイヤ改正で113系が全廃となったが、JR東海区間では健在。なお、JR東海の車両では、113系も115系もボックス席の背もたれ頭部に白いビニールのカバーが付いているのが特徴だが、これも先程の御殿場線を含めて健在。

 東田子の浦では特急東海3号の通過待ちのため5分停車。この駅はホームが島式1面で、通過列車は側線を通る。

 吉原からは青色や茶色の有蓋貨車が連なって止まっている。他では最近珍しくなった光景だ。工場群の煙突からは、土曜日の今日も煙を上げている。

 製紙工場群への引込線が現役で残っているのが左手に見えると富士到着。橋上駅舎の改札を出て左手が南口。まだ雨は降っている。一般車両乗降口までは屋根がない。ここで親族と合流。

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