2008年11月 高山

2008年秋の職場の写真サークルの旅行で、岐阜県高山に出かけました。このとき使用した乗車券は、横浜市内発横浜市内行のいわゆる一筆書ききっぷ。遠距離逓減運賃制度のメリットを生かしました。当時の北陸新幹線は長野までだったので、上越新幹線の2階建て新幹線E4系で越後湯沢乗換。北越急行経由の特急に乗車しています。


平成20年(2008年)11月15日(土)

◎東逗子 524→631 東京 千葉行544S  E217系11→15両編成 先頭11号車=クハE217-31

 鎌倉や大船でホームを注視したが、それなりに乗客があり、今回の旅行のメンバーが居たようにも見えたが、よく分からなかった。途中からの乗客が多く、横浜を過ぎると先頭車両の座席も半分程度埋まった。新川崎付近で外が明るくなってきた。

 東京で下車し、新幹線乗換口へ移動する途中でメンバーと順次合流。先に新幹線ホームに上がっていたメンバーとも連絡しあい、ホーム上で全員そろった。


◎東京 700→812 越後湯沢 Maxとき303号 新潟行新幹線 E4系8両編成 7号車=E446-15  


 指定は完売との案内だったが、隣の席を含め幾つかは空席のままだった。集金や情報交換などをして過ごすうちに、すぐ越後湯沢。


◎越後湯沢 820→1014 富山 はくたか2号 金沢行 特急 681系9両編成最後9号車=クハ681-9  指定6A席=左窓側

 畑を焼く煙が、霧のように山裾に広がっている。

 六日町から北越急行に乗り入れ。長いトンネルの合間から僅かに風景を眺める。

 直江津付近では、左前方に北アルプスの山並みが見えた。

 本日宿泊予定の宿から電話が入り、送迎の希望について聞かれたので、昼食時にプランを考えて折り返し電話すると回答。

 富山駅は北陸新幹線工事の関係で雑然としている。高山本線の乗場は、はくたかを降りたホームの先端部分にある3番線。



◎富山 1029→1119 猪谷 猪谷行 キハ120-352単行ワンマン

 早めに乗換えたので着席できたが、発車数分前には満席になった。途中で下車する客はあるが、極端には空かない。乗降口は半自動。押しボタンではなく、折り戸を手で開けるもの。

 猪谷に近づいてくると、沿線の紅葉の色付きが良くなってきた。


◎猪谷 1124→ 高山 キハ48系2両編成ワンマン 先頭=キハ48 5806

 高山本線と並んでいた神岡鉄道のトンネルの坑口は柵で塞がれ、付近の線路も撤去されていた。ただ、ホームに「神岡方面乗換」の看板は残っている。


 車内は空いていて、神通川の渓流沿いに進む区間では窓を開けての撮影もしていた。この区間は平成16年の豪雨で損傷を受け、2年余りの不通を経て復旧したところ。急斜面と渓流の間で、道路と交差しながら続く路線の所々にスノーシェッドがあるが、一部新しい部分があるが、復旧にあたり新たに整備されたものだろう。

 途中ですれ違う特急が遅れた影響か、2分余り遅れて進行。飛騨古川から混みだし、そのままの遅れで高山に到着。   


 駅前を少し撮影してから、駅正面を前方に2ブロックほど進んだ所にある蕎麦屋「小舟」で昼食。店お勧めメニューの、飛騨牛そばと松茸そばを注文。店内は古民家風の造り。



食べながら、宿に連絡。1345-50頃の迎えを頼んだ。

 1330頃に店を出ると、小雨が降っていた。駅前で少し土産物を眺めてから、駅前のヤマザキの前で待つ。1350を回り、ワゴン車とライトバンが到着。分乗して宿まで移動。

 本日宿泊する「飛騨合掌苑」は、広間がある本館が茅葺きの合掌造り。敷地内の紅葉や銀杏は、派手に色付いている。

 部屋の準備はまだなので、広間に荷物だけ置かせて貰い、合掌苑敷地内を撮影してから「飛騨の里」へ移動。上り坂を10分近く上がった所にある。全員追いついたところで入場。1人700円。入場すると、団体ごとに係の人が記念撮影をしてくれる。来場者のカメラのシャッターも押してくれるが、合わせて飛騨の里のカメラでも撮影される。カメラからアンテナが伸びていて、100mほど先にある東屋にデータが送信され、そこまで歩いて行く間の僅か1分の間にプリントアウトして、希望者に1000円で販売する。江戸時代から明治時代の古民家が並ぶ雰囲気とは掛け離れた技術だ。



 撮影後は自由行動とし、16時半までに宿へ戻ることとした。

 園内の敷地は広く、飛騨地方の各地から移築された合掌造をはじめとする古い民家や、作業小屋、納屋などの付属家が点在し、間には畑のようなものも含め、江戸から明治の飛騨の集落が再現されている。




一部の家では、別料金で機織りや染め物などの体験ができるところもある。麓にある民俗館との共通券だが、飛騨の里だけで見るべきものは相当にあるので、民俗館には行かず、飛騨の里のみにした。

 見学と撮影を終えて、坂を下り宿に戻る。

 広間で全員集まり、囲炉裏端でお茶を頂きながらチェックイン。他にも数組の宿泊客があるようで、本日は満室になったとのこと。

 通路でつながった宿泊棟に案内され、それぞれ、部屋に入る。各自6畳の1人部屋。室内には本が数冊あるのが特徴。角の部屋を幹事部屋とした。夕食は18時として、それまで休憩。何人かは風呂に行った。

 18時になり、広間へ。グループ毎に席が設けられる。飛騨牛を中心としたコース料理で、最初にテーブルの上にある料理は一般的な旅館の料理。鉄板の上に飛騨牛が並んでいる。

しかし、その肉はスターターのようなものだったらしく、後から別の部位の肉が運ばれてくる。その日の入荷によってメニューが変わるらしいが、今日は内股の肉とランプという部位の肉が出た。

 他にも鮎などが追加で運ばれ、ボリュームたっぷり。鉄板で焼くべき肉が多く、固形燃料が途中で切れるので、追加を頼まなければならない程だ。

 食後、部屋に戻る。幹事部屋にも既に敷かれた布団を一旦脇へ寄せ、8人が揃って、日本酒やコーヒーなどで歓談。つまみを事前に用意していなかったので、売店でお土産用に販売されている飛騨牛煎餅を購入。21時頃に中座して、ライトアップされた合掌苑を外から撮影。その後、他のメンバーは窓から撮影。ほどなくお開きとなった。


 22時を回ってから風呂へ。温泉ではないが薬湯を使用している。23時から6時は利用不可。ここの浴室は、床が畳敷きであるのが珍しい。イグサではなく合成繊維のようで、畳と畳の間に若干の隙間があって、そこから排水する仕組みのようだが、風情はある。奥にサウナもあった。脱衣室の空調の性能が良いようで、さほどバスタオルを使う必要がない。

 風呂を出た休憩エリアには、無料かつ新型のマッサージ椅子がある。また、超小型のビリヤードテーブルがある。(なお、宿の案内によると、別棟の会議棟に通常サイズのビリヤード台(有料)もあるらしい。

 23時過ぎに部屋へ戻る。旅行記録を打ち、24時消灯。


平成20年(2008年)11月16日(日)

天候は雨。そのため、早朝撮影には行かず(若干名は行ったとのこと)、ゆっくりと朝食の後、チェックアウト。


タクシーに分乗し、駅に向かうが途中で古い町並みなどに寄ってもらった。

  コインロッカーに荷物を預けた後、先程タクシーから見た飛騨国分寺へ。

朝市から個人行動となり、代官所、旧町役場、町並みを見物。





◎高山 1338→1601 名古屋 (ワイドビュー)ひだ12号 名古屋行特急32D 最後車=キハ85 202

一番後ろの車両のため、時々後方展望を楽しむ。落ち葉を巻き上げていく光景が印象的だったがうまく撮れず。
岐阜で方向転換して先頭になる。複線区間ですれちがう列車を撮影しながら名古屋へ。

 2分程度だった遅れが拡大し、名古屋には4、5分の遅れで到着。接続に余裕のある新幹線だったので、ゆっくり下車。


◎名古屋 1619→1744 新横浜 のぞみ130号 東京行新幹線130A 725-347

 無事に乗り継いで新横浜へ。

   写真上側は今回の旅行で通しで使用した横浜市内から横浜市内への乗車券で、東海道本線、東京・越後湯沢間新幹線、上越線(六日町から犀潟まで北越急行)、信越本線、北陸本線、高山本線、東海道本線、名古屋・新横浜間新幹線ですが、券面印字欄が足りないので手書き対応となっています。

◎新横浜 → 横浜 5号車=サハ205-127

◎横浜 → 逗子 増3号車=モハ217-2056


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