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1997年2~3月 津山方面(後半)-因美線タブレット閉塞・急行「砂丘」、三木鉄道、北条鉄道、梅小路蒸気機関車館

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 旅行3日目は姫路から姫新線で津山に行き、因美線内を往来しながら急行「砂丘」の通票通過授受などを撮影しました。その後、急行「だいせん」で車中泊。播但線経由で京都に回り、梅小路蒸気機関車館を見てから帰路につきました。

1997年2~3月 津山方面(前半)-ムーンライトながら、樽見鉄道、関西空港、和田岬線

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 この旅行では、JR因美線に残る急行「砂丘」の撮影をメインに、往復の経路で未乗路線の乗りつぶしをしてきました。往路は夜行快速「ムーンライトながら」で出かけて、樽見鉄道、湖西線、関西空港線に寄りながら姫路で宿泊しました。

1996年10月12日 軽井沢・万座日帰り

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 北陸新幹線の長野開業まで1年余りとなった平成8年(1996年)秋、横川・軽井沢間の碓氷峠を中心に、日帰りで撮影に出掛けました。帰りには吾妻線にも寄りましたが、夕方のため、こちらは写真が残っていません。  ◎ 東逗子 538→648 東京 千葉行 542S   113 系 11→15 両編成 先頭 11 号車=クハ 111-1140  出札口は 6 時からだが、改札口でスーパーホリデーパスを購入。駅員は、本当は 6 時からでないといけないと強調した上で、前日付で売ってくれる。  日の出の時間が近いので、周囲は既に明るくなりかけている。  先頭車内は空きボックスが多かったが、進むに連れて乗客が増えてくる。戸塚・東戸塚間で太陽が見えた。但し、天気予報によると、今日は曇りのち雨の見込み。  保土ケ谷・横浜間の僅かの間、急行「銀河」と併走。いつの間にか側面の表示幕が新しくなっていた。  品川発車時の乗車率は 30% くらい。   ◎ 東京 654→ 上野 大宮行  103 系 10 両編成 4 号車=サハ 103-304  乗車率 60% くらい。旅行荷物を持つ人も数人見られる。上野駅の地平ホームで発着列車を撮影。 地平ホームでは「レトロトレインときわ」の出発式の準備が行われていた。   ◎ 上野 719→944 軽井沢 ホリデー快速碓氷峠号 中軽井沢行 快速 9861M→9121M   165 系 6 両編成 最後 1 号車=クモハ 165-92    ホリデー快速は高架ホーム 9 番線から発車。白・ピンク・青の塗装の 165 系 6 両編成。自由席 3 両は回転クロスシートに改装されていたが、指定席はボックス席のまま。 1 号車 7B 席は通路側後ろ向き。上野発車時には空いていたが、大宮までに乗車率 80% くらいになった。朝早く出たので、高崎近くまでは寝て過ごす。  高崎で若干の下車客。 7 番ボックスは 1 人となった。列車は横川へ。天候は曇り。碓氷峠のガイドを見るが、行動予定は決まらない。 917 に松井田を通過。カメラの準備を始める。横川近くで車窓左側の妙義山の案内があったが、頂上付近は雲がかかっている。  横川で補機増結を撮影。峠ではカメラの準備をす...

1996年8月 北陸(後半)-白川郷、越美北線、金沢、神岡鉄道、ムーンライトながら

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 旅の後半は、白川郷から長良川鉄道に抜け、JRバスで連絡していたルートで九頭竜湖に回り越美北線に乗車。金沢に宿泊して市内観光の後、神岡鉄道に乗車して高山本線回りで再び岐阜県側に出て、「ムーンライトながら」で帰京しました。 

1996年8月 北陸(前半)- 急行「能登」、京福電気鉄道、のと鉄道(蛸島・輪島)、白川郷

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 令和6年(2024年)元日に発生した「令和6年能登半島地震」で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様にお見舞い申し上げます。  この記事の公開時点で、能登半島地震から1か月近く経過しました。被害の様子が連日報じられているものの、この記事で訪れた各地がどうなっているのか、心配でなりません。鉄道は1月22日に七尾まで運転再開し、能登中島までは2月中旬頃の運転再開を目指しているとのことですが、七能登中島・穴水間の開通時期は1月末時点で未確定です。また、道路網や水道などのライフラインも各所で寸断しています。  被災地の皆様の暮らしが一日も早く回復することを祈念いたします。  令和6年能登半島地震被災直前ののと鉄道は和倉温泉・穴水間に縮小されていましたが、平成8年当時は和倉温泉・輪島間と穴水・蛸島間で、のと鉄道の営業区間が最大でした。  この旅行前半は、489系電車で運転されていた夜行急行「能登」で北陸入りし、雨晴、東尋坊・京福電気鉄道に寄ってからJR・のと鉄道の七尾線・能登線を経由して能登半島先端の狼煙で宿泊。翌朝は木ノ浦回りで輪島へ。七尾線で金沢に戻り、城端線からバスに乗り継いで、白川郷に宿泊しました。

1996年4月 秋田 - ビュー日光、秋田リレー号

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 平成8年のゴールデンウィーク前半に、大学鉄研の同期と秋田方面に出掛けました。  会社の配属で栃木県宇都宮市に住んでいた同期の車に同乗するため、宇都宮までは臨時特急「ビュー日光号」、宇都宮からは車に同乗して秋田県へ。当時は秋田新幹線の工事で運休中だった田沢湖線の代替で運転されていた「秋田リレー号」の走る北上線沿線で撮影して湯田温泉泊まり。翌日は寒風山をドライブしてから男鹿線を往復して秋田泊まり。翌日は大曲まで送ってもらって、「秋田リレー号」から北上乗換で帰りました。  旅日記は付けていないので、写真のみ掲載します。 平成8年(1996年)4月27日(土) ◎東逗子 624→643 大船 東京行604S ◎大船 654→912 宇都宮 ビュー日光 日光行 特急9040M→9041M 251系10両編成  最後部の10号車から後方展望を満喫しました。  この頃は横須賀線に113系も健在でした。  東北線内で上り寝台特急「北斗星」とすれ違い。この当時「北斗星」は毎日3往復の運転でした。 宇都宮で同期と合流して、ここから車移動。 北上線沿線で撮影しました。   この日はほっとゆだ近くの湯川温泉「ふる里」に宿泊。 平成8年(1996年)4月28日(日) まずは寒風山に向かいました。 JR男鹿線の途中駅である脇本で降ろしてもらって、一時別行動で男鹿線に乗車。 ◎脇本 1731→1743 男鹿 男鹿行1141D ◎男鹿 1744→1841 秋田 秋田行1148D 男鹿ではすぐの折り返しだったので、駅前を散歩する時間も無く、同じホーム反対側の列車に乗って車内精算。 この日は秋田泊まり。 平成8年(1996年)4月29日(月祝)  朝食後、大曲駅まで送って貰い、ここから「秋田リレー号」で帰路に就きました。 ◎大曲 1048→1206 北上 秋田リレー8号 北上行特急3008D  ◎北上 1228→1326 仙台 やまびこ42号 東京行 ◎仙台 1408→1614 上野 やまびこ68号 上野行(季節運転)   目次へ