1999年11月 横須賀線113系メモリアル号
当ブログ開設から100本目の記事は、平成11年(1999年)11月に運転された「横須賀線113系メモリアル号」です。
横須賀線から113系が引退する間際の平成11年(1999年)11月13日(土)と14日(日)に、東京駅の地上ホームから川崎経由で横須賀まで113系の臨時列車「横須賀線113系メモリアル号」が運転され、13日に乗車しました。
1999年09月 東北 4日目 - 秋田内陸縦貫鉄道 急行「もりよし」、花輪線代行バス、後生掛温泉
4日目は秋田から角館まで秋田新幹線で移動し、1993年の旅行時に台風によるJR遅れで乗れなかった秋田内陸縦貫鉄道に乗車。その後、後生掛温泉に泊まりました。途中、花輪線は9月27日から10月1日までの予定でデータイムの列車を運休して代行バスを運転していました。
1999年09月 東北 3日目 - 山形新幹線工事中の新庄駅、陸羽東西線、由利高原鉄道、男鹿線
旅行3日目は古川から陸羽東線を進み、新庄では山形新幹線の延伸開業を控えた工事中の駅内外を見ることができました。その後、陸羽西線で日本海側に出て、由利高原鉄道、男鹿線に乗車してから秋田市郊外の温泉に宿泊しました。
1999年09月 東北 2日目 - 米坂線で踏切事故、山形鉄道、左沢線、山寺参詣、仙山線
快速「ムーンライトえちご」で新津に到着した2日目は、米坂線、山形鉄道、左沢線を乗り歩いてから山寺に参詣して、仙山線で仙台に出て小牛田宿泊でした。途中、米坂線内で踏切事故に遭遇したことによる予定変更がありましたが、目的としていた路線には乗車できています。
1999年09月 東北 1日目 - ムーンライトえちご
平成11年9月東北旅行
JR東日本では、この年の7月20日から世紀またぎの2001年6月30日までの2年間、「トレイング2000」キャンペーンを始めていました。1980年代に国鉄が実施していた「チャレンジ2万キロ」と似ていますが、こちらはJR東日本各線区の半分以上の距離を乗車すると踏破とみなされるので、敷居が低くなっていました。
この旅行では、JR完乗が近づく中、未乗区間を乗りつぶす一方で、既に乗車した幾つかの線区についても半分以上の区間を改めて乗車してトレイング2000の挑戦もしました。
1999年07月 四国5日目 - 伊予鉄道平面交差、しまなみ海道、100系「グランドひかり」食堂車
旅行最終日は、松山市内を散歩して、伊予鉄道の郊外電車と路面電車が直角に平面交差する様子を見学。しまなみ海道経由で四国を後にして、100系新幹線のうち2階建車両を4両連結している「グランドひかり」に乗車。この当時はグランドひかりの食堂車が営業していました。
1999年07月 四国1~2日目 - サンライズ出雲、井原鉄道、祖谷温泉モノレールなど
平成11年(1999年)の四国旅行では、前年に運行開始したサンライズを初利用。開業間もない井原鉄道に寄ってから四国入りし、未乗区間を乗りつぶして100系グランドひかりで帰るルートでした。
1998年12月 磐城・会津 - 日立電鉄、水郡線、会津鉄道など
この旅行では、日立電鉄に乗車して水戸に宿泊。水郡線で福島県に入り、湯野上温泉で宿泊後、会津鉄道・野岩鉄道経由で戻りました。当時の日立電鉄は、営団地下鉄銀座線で使われていた車両で運用されていました。
1998年11月 京急羽田空港線
京急空港線の羽田空港駅は、かつて空港から遠い位置にあり、「空港線」が空港アクセス線ではない状態が長年続いていましたが、平成10年(1998年)に羽田空港地下に新たな「羽田空港駅」(現・羽田空港第1・第2ターミナル駅)が開業し、品川方面からの直通運転も始まって、名実ともに空港アクセス線になりました。新・羽田空港駅開業直後に訪問した時の写真を公開します。