1998年09月 ドイツ・英国 6日目 - ニューカッスルから東海岸本線でロンドンへ

 ニューカッスル を後にするこの日は、午前中に散歩と観光、午後の列車でロンドンへ移動しました。

1998年09月 ドイツ・英国 5日目 - ダーラム、ワシントン などニューカッスル近郊

 この日は、Durham(ダーラム)など、Newcastle近郊の馴染みのあるエリアを回りました。


1998年09月 ドイツ・英国 4日目 -エディンバラ、フォースブリッジ、ヨーク、ニューカッスル着

 夜行2連泊を経て4日目にエディンバラに到着。近郊にあるフォース鉄道橋を撮影後、東海岸本線を南下してヨーク鉄道博物館見学。再度北上してニューカッスルに宿泊しました。

1998年09月 ドイツ・英国 3日目 - ライプツィヒからケルンへ夜行列車、ブリュッセル・ロンドン間ユーロスター、ロンドン・エディンバラ寝台列車

 旅行3日目はライプツィヒからフランクフルトまで国際夜行列車で夜明かし。ケルンとアーヘン、ブリュッセルを短時間ずつ観光して、ユーロスターでロンドン入りしました。2007年に英国内の高速新線が開通して、ユーロスターのロンドンのターミナルはセント・パンクラス駅となりましたが、旅行当時は在来線経由でウォータールー国際駅発着でした。

地下鉄でユーストンへ移動して、ここからエディンバラ行きの寝台列車に乗車しました。



1998年09月 ドイツ・英国 2日目 - ベルリン市内と近郊、夜行移動

 欧州旅行2日目は、ベルリン市内と、近郊のザクセンハウゼン収容所跡、ポツダム会談の会場となった ツェツィーリエンホフ宮殿などを見学してから、ライプツィヒ乗換の夜行列車でフランクフルトに向かいました。


1998年09月 ドイツ・英国 1日目 - フランクフルト乗継でベルリンへ

 平成10年の夏休みは9年ぶりの海外旅行でした。9日間の日程で、ドイツから英国へ列車で渡る経路です。途中に夜行2連泊を組み込んでいます。ドイツではベルリンの壁など冷戦期の遺産を見学。英国はかつて住んでいた北東部の訪問を組み込みました。


1998年4月 伊豆虹の郷ロムニー鉄道

 平成10年(1998年)4月に、職場の同僚と日帰りバスツアーに参加して、伊豆修善寺虹の郷を観光して、園内を走る「ロムニー鉄道」に乗車しました。

英国の南部を走るロムニー・ハイス・アンド・ディムチャーチ鉄道と北西部湖水地方を走るレイブングラス・アンド・エスクデール鉄道の協力を得て平成2年(1990年)に運行開始したものです。両鉄道は、公共交通機関として線路幅が世界最小の15インチ(381mm)で、JR在来線の1067mmや、新幹線の1435mmと比べて極小です。

1998年2月 北海道4~5日目 ー小樽、札幌、室蘭、寝台特急「北斗星6号」

 旅行終盤では小樽と札幌を観光し、室蘭でJR北海道全線完乗。寝台特急「北斗星6号」で帰路につきました。


1998年2月 北海道3日目 - 流氷と摩周湖、丹頂鶴

 旅行3日目は、釧網本線の浜小清水と北浜で流氷撮影をしました。その後、摩周湖を観光してから、茅沼駅で丹頂鶴の撮影をしました。 

1998年2月 北海道2日目-夜行特急オホーツク、留萌本線、リゾートあばしり、流氷観光船

 旅行1日目の夜は夜行特急オホーツクの上下列車を上川で乗り継ぐ「キックターン」で明かして、2日目は当時増毛まで通じていた留萌本線を往復。リゾート車両を使った「リゾートあばしり」で網走へ。流氷観光船に乗船して流氷見物をしました。 

1998年2月 北海道1日目 - 新千歳から日高方面

  平成10年2月の北海道旅行では、JRの未乗区間の乗りつぶしをしつつ、流氷や丹頂鶴の写真を撮るために道東を目指しました。5日間の行程の往路は航空機、復路は東室蘭から寝台特急「北斗星」を利用しています。使用したきっぷは「周遊きっぷ」。道内5日間有効の「ゾーン券」と往復の「ゆき券」「かえり券」を組み合わせて販売され、「ゆき券」「かえり券」は従来の「周遊券」と異なり事前に経路を指定する必要があるものの、オーダーメイドで経路を設定でき、航空券で代替することもできました。


ダイヤ改正:横須賀線列車の所要時間変遷

今回(2024年3月)のダイヤ改正では東逗子周辺の横須賀線ダイヤに大きな変化は見られませんでしたが、この機会に復刻版を含む手元保管の時刻表を開いて、東京から東逗子や横須賀までの所要時間の変遷を調べてみました。

1997年11月 阪和線で列車撮影

 急行「砂丘」撮影の翌日も休みだったので、関西在住の鉄研同期と合流して、阪和線浅香駅で通過・発着列車を撮影しました。当時は103系や113系も現役で、隔世の感があります。

関空特急「はるか」

1997年11月 急行「砂丘」タブレット通過授受ファイナル 因美線高野駅

 平成9年(1997年)11月29日ダイヤ改正で急行「砂丘」が廃止されてJRから通票(タブレット)の通過授受が無くなりました。

これまで何度か因美線を訪問して通票通過授受を撮影してきましたが、急行「砂丘」廃止直前の11月15日に高野駅を訪問して、最後の撮影をしてきました。

1997年10月 レトロ横濱号、JR大船工場

 鉄道の秋。1997年10月11日に運転された「レトロ横濱号」EF58 61牽引の旧型客車。

関内駅を通過するところを撮影しました。

1997年3月 江ノ電302号

 平成9年(1997年)春に江ノ電の302・352編成が引退しました。302号を中心に江ノ電の撮影をしてきました。

1996年3月 急行「東海」ラストラン

 平成8年(1996年)改正では、急行「東海」も特急格上げで姿を消しました。

 周遊券の往復経路では急行の普通車自由席が使えたことから西への旅行には愛用していたので、名残を惜しみました。

 普段はヘッドマークを付けていませんでしたが、ラストランの時期には往年のヘッドマークを復活して装着していました。

1996年3月 鶴見線 大川支線クモハ12ラストラン

 平成8年(1996年)のダイヤ改正で、鶴見線の武蔵白石・大川間で運転されていた旧型国電クモハ12の運行が終了しました。これまで、武蔵白石駅で大川支線へ分岐する急カーブのため全長20mの一般車両が入線できないため、全長17mのクモハ12が運用されていたものです。この改正に合わせて急カーブ上の武蔵白石駅ホームを撤去した上でカーブを緩くして、103系電車が乗り入れるようになりました。運賃計算上の分岐駅は武蔵白石のままですが、この改正以降、大川へ行く列車は1駅手前の安善を出て、武蔵白石手前で転線して、武蔵白石駅を脇に見ながら通り過ぎて大川に向かっています。

ダイヤ改正直前に、大川支線を中心に鶴見線の撮影に出掛けました。

1995年7月 品川トレインフェスタ、東京駅重層化

 平成7年(1995年)7月に品川駅臨時ホーム(現在は常磐線ホームになっている辺り)で開催されたトレインフェスティバルの写真です。旧型国電やお召列車牽引機などが展示され、通りがかりの人が誰でも無料で撮影できました。

1994年10月 第1回鉄道の日ーJR大宮工場にJR各社の新旧「つばめ」が集結

 新橋ー横浜間の鉄道本開業が太陽暦で明治5年(1872年)10月14日であったことから従来から10月14日は「鉄道記念日」でしたが、平成6年(1994年)から「鉄道の日」となり、全国で大々的にイベントが行われたと思います。

このとき、JR大宮工場のイベントに出掛けました。

 第1回ということで気合が入っていたのか、「新旧つばめの出会うとき」としてJR他社の新型車両や往年の名車が集まり、今では考えられない壮大なものでした。

1994年8月 東逗子駅前風景

 平成6年に東逗子駅向かいの店舗が取り壊されてビルが建つ前の、更地だった時の写真が出てきました。駅構内のエレベーターやエスカレーターが無く、駅横のコンビニも無かった時代のものです。

1992年春 鶴見線クモハ12と南武線101系

 前回に引き続き、旅日記のない写真のみの投稿です。

大学の帰りに鶴見線と南武支線に寄り道しました。

当時の鶴見線はデータイムにクモハ12が大川支線だけでなく、海芝浦や鶴見へも乗り入れていました。

鶴見駅停車中のクモハ12

1991-92年 烏山線DC、東武5700系、1720系、日立電鉄

 これまで旅行時期順に旅日記を公開してきたところ順番が戻りますが、平成3~4年(1991~1992年)に撮影した鉄道写真が少し出てきたのでアップしておきます。

1997年9月13日 碓氷峠

 この記事の公開時点では北陸新幹線の敦賀開業目前ですが、この旅行は北陸新幹線の長野開業を翌月に控えた時期でした。平成9年(1997年)9月末限りで廃線となる碓氷峠区間(信越本線の横川・軽井沢間)の乗り納めとイベント見学に行きました。

1997年8月 九州(7~9日目)長崎市内、500系のぞみ、寝台急行「銀河」

旅行終盤は長崎県内各線の乗り歩き。大村線と、当時は加津佐まで営業していた島原鉄道などに乗車して長崎泊まり。路面電車全線乗車を兼ねて長崎市内を観光して、当時は新大阪以西だけの運転でデビュー間もない500系のぞみに博多・新大阪間で乗車して、寝台急行「銀河」に乗り継いで帰宅しました。