横須賀線列車は2025年春にE235系1000番台が出揃い、E235系の基本編成は49編成となりました。当初はE217系のときと同じ51編成だったものが、運用やメンテナンスの見直しで2編成減少したようです。
東逗子駅は改札が東京寄りにあり、東逗子から上り列車に乗ろうとすると一番改札に近いのが11号車です。11号車の車内端部に貼付されている銘板だけの写真を撮りためたので、以下にアップします。
横須賀線列車は2025年春にE235系1000番台が出揃い、E235系の基本編成は49編成となりました。当初はE217系のときと同じ51編成だったものが、運用やメンテナンスの見直しで2編成減少したようです。
東逗子駅は改札が東京寄りにあり、東逗子から上り列車に乗ろうとすると一番改札に近いのが11号車です。11号車の車内端部に貼付されている銘板だけの写真を撮りためたので、以下にアップします。
東逗子駅には平成5年(1993年)3月にみどりの窓口が設置され、遠出の際、特に周遊きっぷなどの企画乗車券や、寝台券の購入時に重宝していましたが、平成19年(2007年)6月29日までの営業で廃止され、翌日からは新たに設置された指定席券売機に切り替わりました。
東京駅丸ノ内駅舎の復原工事が始まるのを前に、工事前の丸ノ内駅舎を撮影しました。また、中央線快速はE233系が前年に登場しましたが、当時は201系が主流でした。
令和7年(2025年)4月1日にJTB時刻表が創刊100周年を迎えました。
手元に時刻表があると、実際に出掛けなくても時刻表から乗継経路を組んで机上旅行を楽しめます。それは現在の時刻表に限らず、過去の時刻表から、当時の旅を想像することもできます。
ここにJTB時刻表創刊号である大正14年(1925年)4月号の復刻版があるので、試みに最南端から最北端までの乗継経路を組んでみました。現在のJR最南端駅は指宿枕崎線の西大山ですが、昭和35年(1960年)の開業です。大正14年4月号の路線図に載っている鉄道省線の駅では、志布志線の志布志駅が最南端と思われます。私鉄も含めれば鹿児島県南部に南薩鉄道と大隅鉄道の路線があり、志布志より南に駅がありましたが、今回は鉄道省線最南端の志布志を出発地としました。最北端は宗谷本線の稚内ですが、当時の稚内駅は現在の南稚内駅付近にあり、宗谷本線も音威子府から先が浜頓別経由の天北線のルートでした。志布志から省線だけを乗り継いで稚内までの経路を組んでみました。
平成19年(2007年)の春を迎え、前年から再訪問を始めた神奈川県内と首都圏の鉄道再訪問を再開しました。この日は鶴見線、南武線、武蔵野線、ディズニーリゾートラインを訪問しました。この当時の鶴見線・南武線・武蔵野線は205系で、ディズニーリゾートラインは2001年開業時のType X車両で運転されていました。鶴見駅には乗換改札が残っていました。
本日はJTB時刻表4月号の発売日でした。JTB時刻表は本号で創刊100周年です。一読者として祝意を表します。著作権に配慮して写真の掲載は差し控えますが、表紙を飾る蒸気機関車8620形8630号は、創刊と同年の大正14年製造で、梅小路蒸気機関車館に動態保存されています。
仙台に前泊して、仙台空港鉄道仙台空港線の開業初日の一番列車に乗車しました。開業式典時間前で、一番列車も満員という訳ではないものの、華やいだ雰囲気が見られました。同線にはJR編成と仙台空港鉄道編成があり、往復で両方に乗車できました。
令和7年(2025年)3月15日のダイヤ改正にあたって、E217系の引退が報じられているものの、ダイヤ改正に関するJR東日本の2024年12月13日付けニュースリリースでは、横須賀線について東京発着始終電の変更を発表する一方で、車両については触れていません。その後もJRからの発表は見られないまま、昨日のダイヤ改正の日を迎えました。
仙台空港アクセス線の開業初日乗車と月末に廃止となるくりはら田園鉄道の乗り納めをメインに、2泊3日の行程で東北に出掛けました。初日は常磐線経由で仙台に行き、未乗だった地下鉄南北線、前回訪問時に一部バス代行だった福島交通飯坂線などに乗車して、仙台空港アクセス線開業前日に東北地方の鉄道完乗となりました。常磐線中距離電車のグリーン車営業開始前日で、無料開放のグリーン車を上野から水戸まで利用しました。
ダイヤ改正のときに特に旅に出る予定が決まっていなくても取りあえず時刻表を紐解いて乗継ルートを考えてみますが、定例的に確認しているのが、東京から日帰りできる範囲です。
東京駅を始発以降に出てJRの都道府県代表駅(JTB時刻表の索引図で二重の四角表示の駅)までJRと第三セクターの平日定期列車だけを乗り継いで行き、できるだけ長く滞在して、その日の最終列車までに東京駅に戻るルートを作成しました。
平成18年(2006年)11月3日 高尾山・京王線日帰り旅行
3連休の初日。今年開始した不定期の日帰りシリーズの一環で、今日は京王電鉄などの乗り直しと、高尾山ケーブルの初乗車に出かけることにした。京王電鉄のうち井の頭線は小学生のとき以来、その他の京王各線は、就職活動で聖蹟桜ヶ丘の京王帝都電鉄(当時の名称)本社を訪問した帰りに乗りつぶしをしたが、その後は、先日の小田急線再完乗で多摩センター・新宿間を乗っただけである。
2月25日に発売された時刻表に掲載されている2025年3月15日ダイヤ改正のあらましで、横須賀線関連では、「夜間作業時間拡大による初終電の時刻の見直しが行われます」とあり、東京・品川間のトンネル設備維持管理のため、下り久里浜行始発列車が東京始発を品川発に変更、逗子始発東京行最終列車が品川止まりに変更されます。横須賀線の他の部分はどうでしょうか。東逗子を中心に分析してみます。
この日は岩見沢を出て夕張に行き、石炭の歴史村を見学しました。夕張市はこの訪問の少し前に深刻な財政状況を発表して翌年から財政再建団体になり、石勝線夕張支線も平成31年(2018年)に廃線となってしまいましたが、この当時は石炭の歴史村も全面営業、夕張支線も毎日9往復運行されていました。
午後は札幌へ移動して札幌市交通局の未乗区間を乗り通しました。
平成11年(1999年)のNHK連続テレビ小説「すずらん」の放送を機に運転開始されたSLすずらん号は、平成18年(1999年)9月10日限りで運転終了となりました。その最終日のSLすずらん号の指定席は取れませんでしたが、ツアーの枠が残っていたので、ツアーに申し込んで乗車することができました。