ダイヤ改正のときに特に旅に出る予定が決まっていなくても取りあえず時刻表を紐解いて乗継ルートを考えてみますが、定例的に確認しているのが、東京から日帰りできる範囲です。
東京駅を始発以降に出てJRの都道府県代表駅(JTB時刻表の索引図で二重の四角表示の駅)までJRと第三セクターの平日定期列車だけを乗り継いで行き、できるだけ長く滞在して、その日の最終列車までに東京駅に戻るルートを作成しました。
ダイヤ改正のときに特に旅に出る予定が決まっていなくても取りあえず時刻表を紐解いて乗継ルートを考えてみますが、定例的に確認しているのが、東京から日帰りできる範囲です。
東京駅を始発以降に出てJRの都道府県代表駅(JTB時刻表の索引図で二重の四角表示の駅)までJRと第三セクターの平日定期列車だけを乗り継いで行き、できるだけ長く滞在して、その日の最終列車までに東京駅に戻るルートを作成しました。
平成18年(2006年)11月3日 高尾山・京王線日帰り旅行
3連休の初日。今年開始した不定期の日帰りシリーズの一環で、今日は京王電鉄などの乗り直しと、高尾山ケーブルの初乗車に出かけることにした。京王電鉄のうち井の頭線は小学生のとき以来、その他の京王各線は、就職活動で聖蹟桜ヶ丘の京王帝都電鉄(当時の名称)本社を訪問した帰りに乗りつぶしをしたが、その後は、先日の小田急線再完乗で多摩センター・新宿間を乗っただけである。
2月25日に発売された時刻表に掲載されている2025年3月15日ダイヤ改正のあらましで、横須賀線関連では、「夜間作業時間拡大による初終電の時刻の見直しが行われます」とあり、東京・品川間のトンネル設備維持管理のため、下り久里浜行始発列車が東京始発を品川発に変更、逗子始発東京行最終列車が品川止まりに変更されます。横須賀線の他の部分はどうでしょうか。東逗子を中心に分析してみます。
この日は岩見沢を出て夕張に行き、石炭の歴史村を見学しました。夕張市はこの訪問の少し前に深刻な財政状況を発表して翌年から財政再建団体になり、石勝線夕張支線も平成31年(2018年)に廃線となってしまいましたが、この当時は石炭の歴史村も全面営業、夕張支線も毎日9往復運行されていました。
午後は札幌へ移動して札幌市交通局の未乗区間を乗り通しました。
平成11年(1999年)のNHK連続テレビ小説「すずらん」の放送を機に運転開始されたSLすずらん号は、平成18年(1999年)9月10日限りで運転終了となりました。その最終日のSLすずらん号の指定席は取れませんでしたが、ツアーの枠が残っていたので、ツアーに申し込んで乗車することができました。
新十津川からバスで滝川に抜けて、特急オホーツク3号で留辺蘂まで乗車してから金華に取って返して、常紋トンネル工事殉難者追悼碑に参詣しました。子どもの頃に読書感想文の課題図書で読んだ『北海道の夜明け』でタコ部屋の話を知り、一度は訪問したいと思っていたところです。工事殉難者追悼碑は金華駅から徒歩で行けましたが、平成28年(2016年)に金華が信号所になって客扱いが廃止されたので、現在は車でないとアクセス困難です。
追悼碑参詣後は網走で乗換えて釧網本線で川湯温泉まで行って泊まりました。
観光協会のHPにも通行止め解除のお知らせが掲載されていました。
神武寺・鷹取山ハイキングコース一部通行止め解除のお知らせ|お知らせ|【公式】逗子市/観光ワーケーションサイト 逗子旅札幌で1泊して旅行2日目の午前中は、札沼線を新十津川まで乗り通しました。平成6年(1994年)以来、2度目の訪問。令和2年(2020年)の北海道医療大学・新十津川間の廃線直前は新十津川発着列車が1日1往復となっていましたが、この頃はまだ3往復の運転でした。
SLすずらん号が今季限りの運行と聞き、6日間の日程で北海道に出掛けました。往路は京急で羽田に行き、日航機で新千歳まで飛びました。札幌到着時には既に夕刻でしたが、札幌市交通局のうち東西線と東豊線を乗り通し、南北線も北半分だけ往復しました。(南北線南半分と市電は旅の後半で乗車)
奥飛騨温泉郷で1泊してからバスで神岡町内に戻りました。神岡鉄道は廃止時まで通票閉塞で、本社のあった神岡鉱山前でタブレット交換をしていました。
神岡鉄道と高山本線を乗り継いで富山に戻り、富山地方鉄道の未乗区間の残りを乗り通し、当時は別会社だったライトレールにも初乗車しました。帰路は北越急行経由でした。
組合派遣で広島を訪問した際に、広島の被爆電車に乗る行事に参加しました。
戦時中の広島電鉄は、徴兵による人員不足を補うため、広島電鉄家政女学校を設立。女学生が寮生活で勉強しながら車掌や運転士として乗務していました。今回の行事では、当時運転していた元女学生の体験談を聞くことができました。
被爆電車として知られている650形は3両が在籍していて、この日は貸切列車として運行されました。
静岡県内で1泊して、午前中は家族とともに車移動したあと、早雲山から箱根登山鉄道のケーブルカーと登山電車を乗り継いで下山して帰宅しました。現在は小田急箱根鉄道になっている箱根登山電車には新型車両が順次導入されていたものの旧‐ブルカーで型のモハ1・2形が多く残っていました。
平成17年(2005年)のNHK大河ドラマ「義経」の放送に合わせて鎌倉・平泉間で運転された臨時夜行快速「義経」号に運用された583系が鎌倉駅の下り側線に待機しているところを目撃しました。おそらくこの後、逗子まで回送してから折り返して上り線に入って、鎌倉から客扱いしたものと思われます。
2006年6月の土曜に、江ノ電、JR相模線経由で出かけ、大山ケーブルに乗車しました。この当時の大山ケーブルの駅名は追分-不動前-下社間でした。(2008年に大山ケーブル - 大山寺 - 阿夫利神社に改称)運行車両も2015年に交代しましたが、2006年の乗車当時は1965年就役の「たんざわ」「おおやま」が現役でした。大山ケーブル乗車後は、相鉄と横浜市営地下鉄を再完乗。横浜市営地下鉄はグリーンラインの工事が進み、試運転が始まっていました。
神奈川県内の鉄道各線は一度完乗していましたが、長期にわたって再訪していない路線も多く、ここから1年ほどを目標に、神奈川県内と周辺の鉄道を乗り歩くことにしました。手始めに、この日は京急線をはじめとする東京湾岸の私鉄を巡りました。この当時、シーサイドラインの金沢八景は仮駅、京急には旧1000系、2000系、800系が健在でした。
連休を利用して父と2人で1泊旅行に行くこととなり、列車や宿の混み具合を勘案して、「SLばんえつ物語号」に乗車して新潟に泊まるルートを考えた。「ばんえつ物語号」は、午前中の会津若松行は満席だったが、夕方の新潟行にはまだ席があった。観光地の宿泊施設は満室だが、新潟市内は比較的余裕があるようだ。3月に新宿から東武鉄道に乗り入れる特急の運転が始まり、ここから会津に出る方法もあったが、こちらは満席。そのため、新幹線の自由席で郡山まで出ることとした。