2008年6月14日に東京地下鉄副都心線が開業し、当日池袋に出掛ける用事があったため初日乗車しました。東急東横線は渋谷地下駅乗入前だったので、渋谷では地上櫛型ホームから延々地下まで移動しての乗継でした。副都心線の渋谷地下駅は東横線乗入予定の中線を仮設ホームで覆い、2面のホームが一体化した異様に広い印象でした。
2008年05月 千葉都市モノレール他
2008年5月の土曜日に、京葉線から東金線に回り、その後、千葉都市モノレールを乗り通しました。横須賀線からは既に引退していた113系も房総各線にはまだ多く残っていて、懐かしく思いながら乗車しました。当時開業20周年を迎えていた千葉都市モノレールは0系導入前で開業当時の1000系の独壇場でした。
1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行 4日目 - 函館発稚内行急行1列車
100年前の時刻表を使った机上旅行です。鉄道省線最南端の志布志から最北端の稚内を目指す架空旅行記の4日目は、函館発稚内行の夜行急行で、ついに終点の稚内に到着します。
1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行 3日目 - 常磐線経由急行801列車、青函連絡船
100年前の時刻表を使った机上旅行です。鉄道省線最南端の志布志から最北端の稚内を目指す架空旅行記の3日目は、常磐線経由の急行801列車に青森まで乗車して青函連絡船に乗り継いで北海道に渡りました。当時の常磐線・東北本線は大半が単線通票閉塞でした。青函航路は自動連結器導入後の貨物列車航送に備えて車載客船が新造導入されたところです。
1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行2日目 - 特別急行2列車で東京へ
100年前の時刻表を使った机上旅行です。鉄道省線最南端の志布志から最北端の稚内を目指す架空旅行記の2日目は、特別急行2列車を東京まで乗り通し、山手線未開通部分は市電で上野まで移動して、常磐線の夜行急行に乗り継ぎました。
1925年04月 最南端から最北端へ100年前の机上旅行 1日目 - 志布志から矢岳越え、関門航路、特別急行2列車
手元に時刻表があると、実際に出掛けなくても乗継経路を組んで机上旅行を楽しめます。それは現在の時刻表に限らず、過去の時刻表から、当時の旅を想像することもできます。
令和7年(2025年)4月1日にJTB時刻表が創刊100周年を迎えた機会に、創刊号である大正14年(1925年)4月号(当時は「汽車時間表」)の復刻版を参照して、鉄道省線の最南端から最北端までの早乗り継ぎを試みました。
2025年03月改正後 横須賀線E235系11号車銘板
横須賀線列車は2025年春にE235系1000番台が出揃い、E235系の基本編成は49編成となりました。当初はE217系のときと同じ51編成だったものが、運用やメンテナンスの見直しで2編成減少したようです。
東逗子駅は改札が東京寄りにあり、東逗子から上り列車に乗ろうとすると一番改札に近いのが11号車です。11号車の車内端部に貼付されている銘板だけの写真を撮りためたので、以下にアップします。